コウノドリ

□貴方不足
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「………ん」
「あ、おはよう」
「んー…どのくらい寝てた?」
「1時間くらいかな」



首が痛くなって目が覚めた。
洗い物を終えたサクラが隣で肩を貸してくれていた。
手にしていたはずの冊子は今、隣に座る彼の手の中。



「高校生向け?」
「うん、向井さんに頼まれてね。こういうの、私よりサクラの方が向いてると思うんだけどね〜」
「そう?」



少なくとも春樹よりはマシなのは確実だけど、と前置きをしておく。
そう、きっと私よりもサクラが適任だと思う。
前に何度か中高生を相手に出張授業をしたことがある。
性格上なのかどうにも難しい話をしてしまう為、話を受け止めてもらえたかどうか疑問が残ることが多かった。



「そんなに難しく考えなくても」
「長期休み後半から明けたくらいから中絶増えることを考えると、どうしてもね…」



毎年のことながら中高生の人工中絶手術が増える時期を前にして、話に熱が入ってしまうのはどうにも止められない。
軽く話せる内容でもないのだ。



「桜月、そういう場面になると急に口調が固くなるしね」
「うっさい」



普段、妊婦さん相手にしてるくらいでいいんじゃないの?と軽く言ってくれるが、あまり砕けすぎるのも…と堂々巡り。

限られた時間でどこをどのように伝えるか、手元に戻った冊子を捲りながら寝起きの頭を回転させていたら、ひょいと冊子を取り上げられた。



「ちょっと、サクラ」
「そんな顔しないの。
仕事熱心なのは十分、分かってるけど二人でゆっくりできる時間なんだから一旦忘れてよ」
「………ごもっとも」



そうだった、あまりにも普段通りの会話過ぎて忘れていたけれど、一緒に暮らしているにも関わらず顔を合わせるのが3日ぶりだった。
真っ直ぐに見つめられて、急に気恥ずかしくなる。



「なーに、寂しかったの?」



内心を気取られたくなくて、誤魔化すようにわざと軽口を叩けば、するりと頬を撫でられてそのまま上を、サクラと向き合うように顎を取られる。



「寂しかったよ」
「っ、………」



心臓を射抜かれるとはこのことを言うのだろう。
飾り気のない言葉に心臓が早鐘を打ち始める。
本当に、この男は。
普段は飄々として何を考えているか、その表情からは読み取ることができないのに。
こういう時には途端に言葉も表情も惜しげもなくすべてをさらけ出してくる。



「桜月は?寂しくなかった?」
「その聞き方、狡い……」
「、ごめん…洗い物終わったら寝てるし、起きたと思ったら仕事始めるから」
「それについては、申し訳ない……」
「眠いのは半分僕のせいでもあるからね、もう少し寝る?」
「ん、大丈……」



会話をしながら少しずつ縮まっていくサクラとの距離。
大丈夫、と最後まで言う前に唇を塞がれた。
パズルの足りなかった1ピースがようやく埋まった気がした。

あぁ、やっぱり私はサクラが好きで、シーツの残り香くらいでは満足できない身体になってしまったんだ。


*貴方不足*
(ちょっと、どこに手を入れてんの)
(ん?会わなかった分、補給しようかと思って)
(……サクラは、オンコールでしょ。対応しなかったら下屋先生が泣くよ)
(うーん、下屋より桜月を鳴かせたいかな)
(あーあー聞こえなーい)


fin...


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