コウノドリ

□スパイス
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日勤終わりに彼女を食事に誘えば、天気がいいから外に干してきた洗濯物を取り込みに一度帰宅してもいいかと聞かれ。
それを断る理由もなく、のんびり歩いて彼女の部屋へ。
少しだけ待っててください、とわざわざアイスコーヒーを用意してからベランダへと向かう桜月。
気を遣わなくていいのに、と思いながらも水分を目の前にすると喉の乾きに気づいて、有り難くいただくことにする。

コーヒーを口にしながら忙しなく洗濯物を取り込む彼女を何気なく視界に入れたら、目を疑うようなものが映り、コーヒーが気管に入りかけた。
彼女が今、手にしているのは男物の下着。
よく見ると、ハンガーにも男物と思われるシャツが掛かっている。
まさか、この部屋に僕以外の男が……?
いや、でも彼女にはお兄さんがいるはずで、もしかしたら洗濯物はお兄さんのものということも考えられる。

うん、そうだ。きっとそうだ。



「すみません、もう少しで終わるので…!」
「あぁ、うん。大丈夫、気にしないで」



取り込みながら畳んでいた洗濯物を奥の寝室へと運んでいく。
その中には先程の男物の衣類も含まれていて。
どうにもモヤモヤしてしまい、彼女の後を追いかけて後ろから抱き締めるようにして腕の中に閉じ込めた。



「、サクラさん…?」
「……最近、お兄さんが泊まりに来た?」
「え、兄ですか?最近というか兄はこの部屋に遊びに来ることはあっても、泊まったことはないですけど……」
「そう……」
「サクラさん?突然どうしました?」



心底分からない、と言った声色。
腕の中でくるりと180°回転して僕と向き合う桜月。
その腕に抱えられた洗濯物の一番上には男物の下着。
もうそれしか意識が向かない。



「サクラさん……?」
「これ、誰の?お兄さんのじゃないんだよね?」
「これ……あ、」



視線を見たくもない男物の下着に向ければ、彼女もそれに倣うように視線を下ろす。
僕の言葉が意味するところが理解したような声を漏らす。全くの無意識だったのか。



「これは…兄のではないんですけど、」
「じゃあ、誰の?」



食い気味に言葉を被せれば、困ったように眉を下げる彼女。
僕には言えないということなんだろうか。



「兄と姉が、持って来たものなんです」
「………うん?」



予想していなかった答えに眉が寄るのが分かる。
お兄さんの物ではないけれど、彼女のお兄さん達が持って来た物。
それはどういう意味なんだろう。



「ここに引っ越して来た時、兄と姉が手伝いに来てくれて……それで女の一人暮らしは色々狙われやすいからと言って、カモフラージュに男性物の洗濯物もたまに干すように言われて……」
「……そういうこと」



理由を聞けば何とも単純で。
先程までの不安にも似たモヤモヤが一瞬にして晴れていったのが分かる。
情けないことに身体から力が抜けて、彼女に凭れかかってしまう。



「サクラさん」
「うん?」
「私が浮気してると思いました?」



うっすらと怒気を含んだ声色が耳に届き、マズいと思った時には既に遅し。
強引に腕の中から出て行った彼女が背を向けて黙々と洗濯物を片付け始めた。

これはマズい。
いや、でも僕が悪い。
勝手に変な妄想をして勝手に不安になって。
彼女が浮気だなんて、そんなことができる子ではないことは僕が一番分かっているのに。



「ごめん、そうじゃないんだ。ちょっとビックリして」
「誤解されるような物を置いておいたことは謝ります、でも浮気なんてしません」
「ごめん、本当に……」



頭を過ぎらなかったと言えば嘘になる。
どうすればいい?
どれだけ言葉を尽くせば分かってもらえる?

パタン、とクローゼットが音を立てて閉められる。
背中を向けていた彼女がくるりとこちらを振り返った。



「……なんて、怒ってませんよ」
「えっ」
「すみません、本気で困ってるサクラさんなんて珍しくて」
「もう……桜月、勘弁してよ」
「ふふっ、私もごめんなさい」



背中に腕を回されて、きゅっと抱き締められると先程までの緊張感はすっかり消え失せた。
全く、心臓に悪い。
悪戯が成功した子どものように笑う彼女はどうにも憎めなくて、つられて苦笑いを浮かべることしかできなかった。


*ドキドキは恋愛のスパイス*
(分かった、僕の服を持って来るよ)
(えっ?)
(桜月の部屋用に何着か置いておいたらダメ?)
(……その方が私も洗濯のしがいがありますね)
(じゃあ決まりだね、食事の後で取りに行こうか)


fin...

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