コウノドリ

□貴女らしく私らしく
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今日の外来予約も有り難いことに満員御礼。
加江が転科して、院長が倉崎先生を連れて来てくれてたが、小さいお子さんがいる倉崎先生にあまり負担はかけられない。
本人は気にしないでと言っていたが、お子さんがNICUに入っているというならば気にかけない方が変な話だ。

それに今は一人でも多くの妊婦さん、患者さんと向き合うことが私にとって必要で。
それは倉崎先生の為ではなくて、自分の為。



「小松さん、次は…田中さんですね」
「はいよ、田中さんってののむら助産院で出産希望の人だよね」
「そうです、36週で今回が最後の健診です」
「オッケイ、じゃあ呼ぶね」
「お願いします」



助産院で出産したいという妊婦さんは一定数いる。
それでも提携する病院で必ず3回健診を受ける必要がある。
病院で出産する妊婦さんも助産院で出産する妊婦さんも何ら変わりはないのだけれども、



「私、絶対に助産院で出産するから」
「今のところ逆子でもないですし、経過も順調なので問題ないように見えますが…お産に絶対はないんです」
「促進剤とか帝王切開とか絶対嫌だから!自分の力で産みたいの」



助産院で出産したいという妊婦さん全てがそうとは言わないけれど、自然派志向というか医療が介入することを是としない人がいることも確かで。
これまで何人か助産院での出産希望の妊婦さんを見て来たが、ここまでハッキリと言い切った人に当たるのはこの田中さんが初めてだ。
寧ろまともに会話をしてくれる人が初めてかもしれない。

自分の力で産みたいと思うことが悪いとは言わない。
ただ、それが度を過ぎるとこちらも下手に手を出せなくなる。
勿論、生命に関わるような重篤な事態ならばそんな悠長なことも言っていられないのだけれども。



「田中さん、以前にもお話させていただきましたが……私達、医者の出る幕がないお産なのが一番です。
でも…もし万が一、野ノ村院長がペルソナへの搬送を決めたら、その時は我々の医療の手が入ることを許してください。
出産はゴールではないんです、子育てのスタートなんです。
生まれてくる赤ちゃんがご家族と一緒に人生を歩んでいくために…どうか、お願いします」



きっと四宮先生が見たら、そこまでする必要ない、患者に入れ込み過ぎだと言われるだろう。
けれど、やっぱり女性にとって妊娠も出産も人生を左右する一大事だから、例え私という人間を拒否されていたとしても大切にしたい。



「………その時は、」
「はい」
「先生が診てよね」
「え……」
「ここまで言っておいて、来たらいませんとか怒るから」



下げていた頭を上げれば、これまでの健診とは彼女の纏う空気が異なる。
元々会話をしてくれる方だったけれども、それとは違う、こちらを受け入れてくれているような、刺々しい空気がない。



「、勿論です!休みだろうが嵐だろうが絶対に私が診ますから。
田中さんが正期産に入ったらお酒も飲みません、いつでも出られるようにスタンバイしておきます」
「先生は私の旦那かって」



そういった田中さんの笑顔は、取り繕ったのものではなく、初めて見る心からの笑顔だった。


























「いやー、私は本当に嬉しいよ」
「ん?小松さん、どうしたんです?」
「鴻鳥先生〜、聞いてよ!桜月先生凄いんだよ」
「何も凄くないですから、本当に止めてください」



昼休み、医局で昼食を取っていれば先程の診察中のことを思い返しては何度も話を振ってくる小松さん。
はいはい、と聞き流していたら鴻鳥先生が姿を見せた。
さっき医局に戻って来た四宮先生に同じ話をして『患者に入れ込み過ぎだ』と予想していた言葉が投げつけられた。
更に診察に時間をかけ過ぎるな、ただでさえ女医は予約患者が多いんだ、と有り難いお叱りの言葉。
返す言葉もございません。

半ば諦めの境地でお弁当をつついていれば、詳細を聞いた鴻鳥先生がニコニコしながら頭をくしゃくしゃに撫でてくる。



「良かったねぇ、分かってくれて」
「ねー!桜月先生の言葉に私、感動しちゃったよ!」
「いえ……色んな先生方からの受け売りであって、私の言葉ではないので…」
「でも、あの場面でああやって桜月先生の言葉で出てくるってことは、ちゃんと先生の中に根付いてるってことでしょ?」
「そうそう、僕らも先輩達からの受け売りを患者さんや高宮達に伝えてるんだから、自信もっていいんだよ」



二人の笑顔と鴻鳥先生の手の温かさに少し胸が温かくなる気がした。
少しずつ、一人前の産科医になっていっているのだろうか。


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