コウノドリ

□夜空に願いを込めて
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電車で移動して、駅から出れば確かに人の出が多い。
何度か利用したことのある駅だからこそ普段と差を感じる。



「あ、足痛くなったり疲れたりしたらいつでも言ってね」
「ありがとうございます」



極力人とぶつからないようにとサクラさんがリードしながら歩いてくれる。
こんなところでも大人の余裕を感じてしまう。
私なんて半袖のYシャツから伸びる、意外と筋肉質なサクラさんの腕にドキドキしているというのに。
病院のスクラブ姿はいつも目にしているけれど、あれは仕事中でそういう目で見たことはなくて。
こう、プライベートな場面での彼の男性らしい姿には目を奪われてしまう。



「……どうかした?大丈夫?」
「、あ…すみません、」
「体調悪い?どこか座って休もうか、暑いよね…水分も欲しいな」
「本当に…!違うんです、ちょっと…サクラさんに見惚れてただけなので……」



ぼんやりとしていた私に気づいて急に医師の顔になる。
このままでは下手するとお祭りらしいことを楽しむ前に帰ると言い出しかねない。
慌てて否定すれば口をついて出たのは紛れもない事実、だが本人に言うなんて恥ずかし過ぎる台詞。
空いている手で思わず口を押さえれば、一瞬の間の後に急にサクラさんが吹き出した。



「え、…」
「ごめん、いや…桜月、というか僕もだけど……ちょっと今日何か舞い上がってるね」
「……そう、かもしれません」



お祭りの雰囲気に飲まれているのだろうか、確かに少し落ち着かない。
足元がふわふわしていて、地に足がついていない気がする。
二人で出かけるのはこれが初めてという訳でもないのに、そこにお祭りという非日常の成分が入っただけでこんなにも舞い上がってしまうものなのだろうか。



「いや、でもお祭りマジック…というか浴衣マジック?本当にあるんだね」
「……マジック、ですか?」



お互いに一度クールダウンしよう、と駅裏の公園に腰を落ち着ければお祭り会場は駅の反対側ということもあり、人の流れはなくまばらに人影があるだけ。
公園の中ほどにあるベンチに二人並んで座る。
蓋を開けてから手渡されたペットボトルの水を口に含めば、ペットボトルはまたサクラさんの手に戻されてそのまま彼の口に運ばれる。
あぁ、もう最近、本当に色々と距離が近い。
間接キスなんて恥ずかしがる関係でもないのに、



「実は今日、また小松さんに誘われててね」
「小松さん…ですか?」
「桜月にメール送った後だったから断ったんだけど。
そしたら『お祭りマジック、特に浴衣マジックには注意しなよ』って……その時は聞き流してたんだけど、浴衣姿で現れた時はどうしようかと思ったよ」
「どうしようって……?」



苦笑気味に笑ったサクラさんにさらっと頬を撫でられる。
その感覚がくすぐったくて身を捩ると、反応を気に入ったのか何度も撫でられてしまう。



「サクラさん……?」
「お祭り行かずに部屋に引き返そうかと思った、ってこと」
「っ、」
「本当に、よく似合ってるよ」
「…どうせ、凹凸のない幼児体型ですからっ……」



何てことないように言うサクラさんの余裕そうな表情に急に恥ずかしさを覚えて、また可愛くない言葉が口から出てしまう。
本当にいい加減にしないと愛想を尽かされてしまいそうだ。
それでもそんな私を意に介さずクスクスと笑いながら、私の首筋を指でなぞるサクラさん。



「っ……」
「そんなことないのは僕がよく知ってるけど、ね?」
「は、破廉恥ですっ!」
「アハハッ、そんな言葉久しぶりに聞いた!」



思わず立ち上がってしまった私を追うように立ち上がったサクラさんに手を差し出された。
大人な対応ばかりで自分が恥ずかしくなる。
手を重ねるか戸惑っていればフフッと笑ったサクラさんに手を取られて指を絡められる。



「どんな桜月でも可愛いから大丈夫」
「……サクラさん、」
「うん?」
「一度、本当に眼科に行きましょうね」
「アハハッ、視力低下は心配ないから大丈夫だよ」



楽しそうに笑うサクラさん。
何だかいつもより笑顔が深い。
それだけリラックスしてくれているのだろうか、そう思うと少し嬉しく思う。


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