コウノドリ

□無い物ねだり
1ページ/2ページ


「痛い痛いいたーい!!!」
「大丈夫です、順調ですよ。もう少し頑張ってください」
「もう無理…」
「大丈夫ですよ、順調ですから」
「まぁまぁ恵美先生…」



LDRの前を通りかかったら、淡々と話す後輩と……確か初産婦の、高橋さんの会話。
久しぶりに一緒に働くことになって、相変わらずだとは思っていたけれど、年数重ねて少しは柔らかくなったかと思ったら……。

春樹のフォローだけでご馳走さまなんだけど、ねぇ…。



「失礼しますよー」
「桜月先生〜!」
「小松さん、どんな感じ?」
「子宮口7cm、順調っちゃ順調なんだけどね」
「痛い痛い!どこが順調なの?!」



モニターに目を向ければ胎児心拍も落ち着いてるし、陣痛も2分感覚。
確かに順調。お母さんも赤ちゃんも余力がまだまだありそう。



「うんうん、ちょっと内診してみましょうね〜」
「はぁ…はぁ……」
「うん、8cmくらいかな〜、お母さんだいぶ頑張ってるね。水分は摂れてる?」
「はい……」
「いや、本当にすごい順調だよ?
ずっとモニターチェックしてたけど、私が今まで見てきたお産の中で一番くらい」
「っ、あははっ、先生それ言い過ぎっ…いたただただっ!」
「はいはい、深呼吸〜」



小松さんが腰を擦ってくれている。
……旦那さんがまだ到着してない、か。



「ご主人はどのくらいで来られるって?」
「あと…たぶん、30分くらい……」
「そっかそっか、じゃあご主人と赤ちゃんどっちが先かな〜」
「えっ、それくらい?」



正直なところ、あと30分は無理な気はするけれど、ご主人が来ればまた気分も変わるだろう。
少し希望をもたせるのも悪くない、はず。



「そうそう、順調だからね。もう少し赤ちゃんと頑張ろっか」
「は、いったたただだだだぁ!!」
「うん、小松さーん。ちょっと倉崎先生借りていくね。
何かあったらすぐ呼んでください」
「はいよー」



きっと何かは察しているんだろう。
感情を表に出さないのは昔からだったけれど、最近少し変わった気がするのは出産を経験したからか。
廊下やナースステーションで話す内容でもない。
医局まで戻って来てしまった。
誰もいないのはちょうどいい。



「コーヒー…は、ダメか。
あー、いいや。サクラの水もらっておこう」
「……何のお話ですか」
「恵美は分かってると思うけど?」
「順調なお産に順調と言ってはいけませんか」
「ダメとは言ってないよ、言い方の問題」



そう、淡々と話すことが悪いとは言わない。
私達の仕事は、時には感情を押し殺して伝えることも必要で。



「私らにとっては何千、何万とある中の1つのお産だけど、夫婦にとっては生涯で1回…まぁ2回3回とある人もいるか。
それでも人生において重要で大切なお産が少しでも曇りのない物にするのも私らの仕事じゃない?」
「……それはそうですけど」
「お産の時の嫌な記憶は生涯残るって言うしね、記憶に残るなら嫌なことより楽しいことの方がいいでしょうよ」
「………はい」
「それは私よりも恵美の方が分かってるんじゃない?」
「そうですよね、すみません……」
「その発言は私も抉られるなぁ」



笑って言えば、ようやく表情が和らいだ。
その顔を患者さんの前で見せればいいのに、といつも思う。



「全く、私に説教させないでよ」
「すみません」
「こういうの柄じゃないでしょ、説教担当は春樹なんだから」
「誰が説教担当だ」
「うわ、何かいるし」



どこから出てきたんだ、しかもサクラまで。
いつから聞いてたんだ、コイツら。



「盗み聞きは良くないと思いまーす」
「お前らが後から入って来て勝手に話し始めたんだろ」
「しかも僕の水、渡してるし」
「後で買って返すって!」



ワイワイやっていたら電話が鳴る。
急いで取れば小松さんからで、先程の高橋さんがそろそろ全開だ、と。
すぐ行きますと言ってから電話を切って、一つ息を吐く。



「恵美、定時だよ。ユリカちゃんが待ってるから帰りな」
「今の高橋さんですよね?」
「うん、高橋さん全開」
「じゃあ…!」
「倉崎、大丈夫。僕らもいるから」
「ですが……」
「目の前のお産も確かに大事だけど家族も大事にして。
尚更、ユリカちゃんには恵美しかいないんだから……これは先輩命令、ね?」



返事は聞かずに医局を飛び出した。
きっと頼りになる同期達がフォローしてくれる、そう信じてるから。


_
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ