コウノドリ

□無い物ねだり
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「赤ちゃん、産まれまーす!」
「おめでとうございます!」
「おめでとうございまーす!お母さん、元気な女の子ですよー」



どんな時でもこの瞬間は本当に幸せだ。
元気に産声を上げる赤ちゃんを愛おしく見つめるお母さんとお父さん。
本当に、何よりも美しい光景だと思う。



「高橋さん、頑張りましたね」
「先生、30分で生まれるって言ったのに…結局1時間かかっちゃった…」
「ごめんねぇ、きっとお父さんが来るの待ってたんだね」
「ふふっ、そうかも……」



後産も終わり、お母さんも赤ちゃんも落ち着いた姿を見て、毎回思う。
無事に終えて良かった、と。

予定通りに迎えるお産なんてないけれど、
それでも、



「お疲れ様」
「あぁ……サクラ。何だ、まだいたの」
「今日オンコールだしね」
「残ってる理由にならないでしょ」



モニターをチェックして、医局に戻れば私のデスクの隣にはオンコールのはずのサクラの姿。
オンコールだからと残っているなんてどんなワーカホリックだよ、と内心ツッコんでしまう。



「それに、心配だったから」
「ん?進行中の人でサクラの担当いたっけ?」
「いや、桜月の方」



思いがけない発言に思わず隣の席に顔を向ける。
………私?



「あんな言い方、普段はしないでしょ」
「……あぁ、ね」
「四宮も気にしてたよ」
「…それは重症だわ」



冷たいようで意外と人のことを見ている同期が分かりやすく気にかけているというのなら。
きっと私自身、分かりやすく態度に出てしまっていたのだろう。
まだまだ修行が足りないな。



「何か、あった?」
「まぁ……いつものことと言えばいつものこと」



何となく隣に座っていられなくて、冷蔵庫から水を取り出しながら少し距離を空ける。
しまった、またサクラの水だ。



「明日、2本買って返す」
「それはいいんだけど、」
「……まーた、言われたのよね。『産婦人科の先生なのに』って」
「それは、僕ら男にも言えることなんだけどね」



予定日を気にしているお母さんに、いつものようにお産は予定通りにいかないことを始めとして、ネットにも本にも今回のお産のことは書いていない。
だから一緒に頑張りましょう、と言えば先生の時はどうでしたか、と聞かれた。

正直に妊娠・出産どころか結婚もしていないことを伝えれば『産婦人科の先生なのに出産したことないんですか』と言外に信じられないと言われた気がした。

これに関しては今までも何度となく言われてきた台詞。
私もいい年だ。
同窓会に顔を出せば結婚、出産を経て塾だ受験だと子どものライフステージの話に花が咲いている友人がほとんど。

自分で選んできた道だ。
寂しさも後悔もない。



「ただ、さぁ?」
「うん?」
「妊娠も出産も経験してお母さん達の気持ちが私より理解できるはずの恵美があんな状態なのは何か納得できなくて」



元々人付き合いが苦手なのは昔から知っている。
それでも経験故に寄り添うことはできるはず。



「まぁ…私にはない部分だから無い物ねだりの八つ当たりになっちゃって。
明日恵美には謝らないとね」



そう、結局のところは八つ当たり。
大人げないとは思ったが、どうにも彼女の態度を聞き流すことはできなかった。



「桜月」
「ご心配おかけしました、明日春樹にも言っておかないと」



そろそろ回診に行こうかと思ったら、いつの間にか側に来ていたサクラに後ろから抱き締められた。



「……サクラ?」
「落ち込んでるかと思って」
「んー……当直の時間とは言え、ここ医局なんだけど…」
「少しだけ」
「普通……逆じゃない?」
「桜月、素直に甘えて来ないでしょ」



恋人という期間よりも同期としての付き合いの方が長い。
よーく分かっていらっしゃる。



「大丈夫だよ」
「……また強がる」
「強がってる訳じゃないって。
今はまだ仕事中。終わったら甘やかしてよ」



気持ちは有り難い。
でも今、気持ちが折れてしまっては仕事に差し障りが出る。
せめて今は、



「……分かった」
「ん、じゃあ回診行ってくる」



今夜は穏やかでありますように、
明日冷静な気持ちで後輩に謝る為にも、束の間の休息を。


*無い物ねだり*
(ねぇ、本当に帰っていいよ?)
(うん?大丈夫だよ)
(それか寝ててもいいし)
(うん、大丈夫大丈夫)
((……聞く耳がないな…))


fin...


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