コウノドリ

□やさしいてのひら
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大きくて温かい、彼の手が好き
美しい旋律を奏でる、細くて長い指が好き
彼の手に触れられるのが好き



「……どうかした?」
「え、」
「ずっと見られてたから、何かと思って」



舞い降りてきたメロディを捕まえたい、とピアノに向かう後ろ姿。
止まることなく動いている彼の指を後ろから眺めていたら、背中でふふっと笑うのが分かった。
いつも思う、彼の背中には目がついているのではないか。



「どうして分かったんですか……?」
「そんなに熱い視線送られたら普通気づくよ」



譜面台に広げた五線譜にいくつか書き込んだ後で振り返ったサクラさんがにこりと微笑んだ。
そういうものなんだろうか……。



「ピアノ弾いてる時って五感が研ぎ澄まされる感じがあるからかな、同じ部屋にいれば何となく桜月が何してるか分かるよ」
「私には……無理そうです」



苦笑すれば座っていたソファの隣に腰を下ろすサクラさん。
もしかしてお邪魔してしまったのかも、と少し不安になる。
産科医のサクラさんも好きだけれど、ピアニストのBABYも好きだから。
作曲活動の邪魔はしたくない。

そんな内心までも察してしまうサクラさんが先程までピアノを愛でていた手で今度は私の髪を玩び始める。



「大丈夫だよ、大体完成したから」
「本当ですか……?」
「うん……ピアノは部屋でもライブハウスでも触れるけど、桜月は一緒にいる時…しかも二人きりの時しか触れないからね」



僕としてはそっちの方が大事、なんて髪に口付けられながら言われて何だかもう目の前がクラクラする。
押し黙るしかできなくなった私に気を良くしたのか、さらさらと髪を梳いたり頬を撫でたり明らかに楽しんでいる様子のサクラさん。



「それに、桜月とこうしてイチャイチャしてると曲のインスピレーションが湧くから一石二鳥だよ」
「……お役に立てているなら、何よりです」



頬を撫でられる感覚が心地良くて、思わずその手に擦り寄れば少し驚いた表情。



「……どうかしましたか?」
「珍しいと思って、大体恥ずかしがるのに」
「それは……まぁ、そうですけど……」



恥ずかしいことには恥ずかしい。
それでもサクラさんの、この大きな手に触れられることは好きだから。
彼の手にそっと手を重ねる。



「サクラさんの手、好きなんです」
「うん…?」
「大きくて、温かくて、ピアノが弾けて……すごく好き」
「うん、あのね……桜月?」
「?」
「あんまり可愛いこと言わないで」
「え、そんなつもりは……」
「普段『好き』なんて言わないのに……というか、好きなのは手だけ?」



そっと両頬を包むように掌を添えられて、至近距離で見つめられ、私の心臓は早鐘を打ち始める。
いつになったらこういう触れ合いに慣れるのだろう、とは思うけれどきっといつまでも慣れることはないのだろう。
温かい掌に包まれて幸せなことには違いない。
それでも吐息すらも感じてしまうこの距離にどうにも腰が引けてしまう。



「ねぇ、桜月?」
「っ……サクラさんが、好きですっ……」
「アハッ、ありがと。僕も桜月が好きだよ」



リップノイズを立てて口付けられれば、顔に熱が集まるのが分かる。
きっと顔に触れている彼の両手にもその熱が伝わっていることだろう。
その証拠に楽しそうに笑うサクラさんが目に映る。

恥ずかしいのにそれすらも愛しいなんて。
掌の熱でやられてしまっているのだろう。

楽しそうに笑った後で近づいてきた唇の意味を理解してもう一度、彼からのキスを甘んじよう。


*やさしいてのひら*
(うーん……いつまでもこうしていられるかも)
(私はそろそろ離してほしいです……)
(あれ、嫌だった?)
(そうではないんですけど……恥ずかしくて)
(なかなか慣れてくれないなぁ)


fin...


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