コウノドリ

□雨上がりと君の笑顔
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空に暗雲が垂れ込み始め、遠くから雷鳴が聞こえる。
この時期特有の夕立が近づいているようだ。
今日、日勤の彼女から先程《これから買い物して帰る》と連絡が入っていたが、この分だと帰宅する前に雨に降られてしまうだろう。
彼女の性格上、コンビニで傘を買うことはないはず。
途中で雨が降ったとしても強行して走って帰って来ることが予想できる。

今日一日、ピアノと向き合って曲作りに勤しんでいた身体を解すついでに彼女を迎えに行くのもいいかもしれない。
自分と彼女の傘を手に取って、玄関のドアをくぐる。
空が泣き出すまであともう少し。
その前に彼女と会うことはできるだろうか。




























「うわ……降って来ちゃった」



夕飯の材料を買ってから帰ろうとスーパーに寄ったはいいが、途中から空が暗くなってスコールのように降り出したのは見えていた。
それでも夕立なら買い物が終わるまでには止むだろうと高を括っていた。

……が、袋詰めをしながら再び外に目を向ければ先程よりも雨足が強くなっている気がする。
雨宿りしてから帰ることも考えたけれど、ちょうどタイムセールで安くなっていた刺身が袋の中にある。
いくらこの雨とは言え、気温は高い。
できれば速やかに帰って冷蔵庫に入れたいところ。
タクシーを使ったり、コンビニに寄って傘を買ったりする距離でもない。
帰ったらすぐシャワーを浴びてお風呂に入ればいいか、と同居人の彼にお風呂の用意をお願いしようとスマホを取り出せば、不在着信が1件。

ちょうど連絡をしようと思っていた彼からの着信で、気が合うなぁ…と頬が緩む。
そうこうしているうちにまた着信。



「もしもし、サクラ?」
『あ、桜月?今どこ?』
「今?買い物終わって帰るとこ。お風呂沸かしておいて欲しいんだけど」
『……もしかしなくてもこの雨の中、傘も差さずに帰るつもりだったね』
「タクシー使う程でもないし、傘買うのにコンビニ寄るのも面倒だし」
「そう言うと思ったよ」
「ん?あ、サクラ?」



電話越しでない彼の声が聞こえて、辺りを見れば傘を手に持って少し息が上がっているサクラの姿。
これはもしや……



「迎えに来てくれたの?」
「それ以外、何に見える?」
「ごめん、ありがと」



通話を切って、傘を受け取れば持っていた2つの袋を攫われた。
有り難いけれど、ちょっと待て。



「1つは持つから返してよ」
「そういう訳にはいかないでしょ」
「ピアニストが指痛めたらどうすんの」
「うーん、そしたら治るまで桜月に看病してもらおうかな」
「はいはい、とにかく1つちょうだい」



彼の手から1つ袋を取り戻せば、せめてこっちにして、と軽い方を渡された。
あえて重い方を持ったというのに。
変なところで意地を張る。
おそらくここで問答をしても仕方がない。
きっとこれ以上の譲歩はしてくれないはず。
諦めて傘を開けば満足そうなサクラが私の動きに倣って傘を開いた。



「今日の夕飯は何にするの?」
「お刺身が安くなってたから、それ買った。あとは適当に……たまには飲む?」
「あぁ、今日オンコール外れてるんだっけ。
たまにはいいね」
「じゃあおつまみ系を軽く作ろうかなー」
「…あ、雨上がった」
「ホントだ」



折角持って来てくれたのに、歩き出してまもなく止んでしまうとは。
ゲリラ豪雨とはよく言ったものだ。
若干どころか、サクラの行動が無駄足になってしまった感はあるけれどそれもまた二人ならば楽しいと思う辺り、私もまだ若いということなんだろうか。



「楽しそうだね?」
「んー、サクラと一緒だからね」
「……そう、だね」
「うん?」
「いや……まさか桜月からそういう言葉が出てくると思ってなかったから」
「そうねー、自分でも意外」



たまにはいいでしょ、と笑えば、いつでも大歓迎、と笑って返される。
こんな、何でもない時間がただ愛おしい。


*雨上がりと君の笑顔*
(私よりサクラの方がお風呂入るべきじゃない?)
(うーん、確かに)
(お風呂沸かして入っちゃったら?その間に夕飯準備するし)
(そうさせてもらおうかな。あ、一緒に入る?)
(全力でお断りさせていただきます)


fin...


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