コウノドリ

□私だけしか知らない
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「えぇー、たっくんって料理するんだ…」
「そうなんですよー!最近ロックな料理するのが楽しいって言って!」
「……ロックな料理」



医局にいた誰しもが『ロックな料理って何だよ』と思ったのはきっと間違いないだろう。
何の話からか彼氏がどうの、旦那がどうのという話になり、向井さんのご主人や真弓さんの彼氏の話に流れていった。
一緒に食事をしていた小松さんや真弓さん、向井さん達の視線がこちらを向いているのに気づいた。
……あ、そろそろ退散しないとマズい。



「ご馳走さまでした」
「桜月先生?こっそり逃げようとしなーい」
「そうそう、鴻鳥先生の話あるよね〜?」
「……聞いて楽しい話は何もないですよ……」



気づくのが遅すぎた。
立ち上がろうとしたら白衣を捕まえられて座っていた椅子に戻された。
恋愛トークなんてこれまで縁がなかったから気にも留めていなかったけれど、私も彼氏と呼ばれる存在がいる。
この流れで話が振られないという保証はどこにもないのだった。



「私達には見せない鴻鳥先生の素顔とか?」
「……あまり変わりないと思いますよ?
基本的に優しいですし……」
「じゃあ二人でいる時も先生呼び?」
「流石にそれは違いますけど……」
「何ていうか桜月先生と恋愛トークって新鮮だわ〜」



ここに来たばかりの時は隙なんてありません、仕事以外は興味ないですって雰囲気だったもんね〜と真弓さんがしみじみと思い出している。

それに対して否定はしない。
実際そう思っていたし、職場恋愛なんて絶対にないと思っていた。
それでも少しずつ鴻鳥先生の赤ちゃんや患者さんへの態度を見て、惹かれていって……。
今は、きっと彼の一番近くにいると自負している。
勿論、病院では見せない彼の素顔もたくさん見てきた。

これ以上ここにいたら、きっと余計なことまで口走ってしまいそう。
こういう時はそっと逃げるのが一番。
お先です、と告げて診察室に逃げ込む。
院内スマホが震えたと思ったら、珍しくメールが届いた。
あぁ、そういえば自分のスマホは医局のデスクに置きっぱなしだった気がする。



《今日、空いてる?
予定ないなら遊びにおいでよ》



差出人は勿論、さっき話題になった人。
予定なんて基本的にないことは知っていてもちゃんと確認して逃げ道を用意してくれる。
だからと言ってお誘いを断ることはほとんどないのだけれども。

《お邪魔させてください》と返信してスマホをポケットに戻す。
うん、午後もこれで頑張れそう。
今日も目一杯な予約表を確認してからカルテを開いた。






























「お邪魔します」
「どうぞ」



結局、時間が押してしまってサクラさんをお待たせしてしまった。
四宮先生から一人ひとりに時間かけ過ぎだ、ともう何度目かの有り難いお言葉もいただいた。
自分ではそんなつもりはないのだけれども、どうしても時間がかかってしまうのは私がまだ未熟な故なのか。
今度、鴻鳥先生や四宮先生の診察を見学させてもらいたいとも思うけれど、研修医でもないのにそんな暇あるのだろうか……。



「どうかした?」
「……診察に時間がかかり過ぎるのはどうしたら解消されるかと思いまして」
「こればかりは経験かなぁ」
「吾郎くんよりはマシだと思うんですけどね」
「あぁ……吾郎くんは妊婦さんと世間話が多いって真弓ちゃん達がよく言ってるよ」



その話は私も聞いたことがある。
そこはもう少し要領良くやるべき、とは思うけれど私も人のことは言えない。



「まぁ……仕事熱心なのはいいことだけど」
「はい」
「今はちょっとこっち見てほしいかな」



ぽん、と頭に手を乗せられたと思ったら上を、サクラさんの方を向かせられて軽いキスを落とされた。
いつも不意打ちばかりで心の準備ができない。



「……サクラさん、キス好きですよね」
「うん?」
「昼に医局で、皆には見せないサクラさんの素顔、って話になったじゃないですか」
「あぁ……そんな話してたね」
「でもサクラさん、基本的にいつでも優しいし……」
「そう?」



ニコニコしながら顔を覗き込まれる。
あ、これはたぶん何か悪いことを考えている気がする。
いつもの笑顔に少し意地悪さが混じっていて、思わず身体を引けば、その分距離を詰められた。



「前言撤回します。サクラさん、優しくないです。意地悪です」
「そんなことないんだけどなぁ?」
「そんなことあります、分かっててやってますもん」
「うーん、それは桜月が可愛い反応するから?」
「可愛くないで、っ」



いつもの問答をキスで遮られる。
こんなこと、産科メンバーに言えない。
隙あらばキスされているなんて。
バレたら間違いなく医局中、それどころか下手したら病院中に知れ渡って恥ずかしさで肩身の狭い思いをしそう。



「何考えてたの?」
「……何も、」
「桜月も病院で見せる姿と僕の前とでは違うよね」
「そう、ですか……?」



自分では全くそんなつもりない。
勿論、彼の前では少し肩の力が抜けている気はするけれど、基本的には何か変化があるとは思わない。

何が違うのだろう、と首を傾げていればどこか楽しそうに笑うサクラさんにぽんぽんと頭を撫でられる。



「まず、表情が違う」
「表情……?」
「病院にいる時はそうでもないけど、二人きりになると大体ニコニコしてる」
「そ、んなこと、ないです……」
「あとは……そうだな、空気感?だいぶ肩の力が抜けてリラックスしてる」
「それは、否定しません」



自覚がある分、それはきっと彼にも伝わっているんだろう。
だが指摘されると何とも恥ずかしいものがある。



「僕としては警戒心が強くて皆に牙向いてたウサギが懐いた感じ?」
「何ですか、それ……」
「言い得て妙だと思うんだけどなぁ。桜月、小動物みたいだし」



何故か楽しそうなサクラさんだ、と思っていたら視界が反転して背中には柔らかな皮の感触。
……うん?
ソファに横たえられた。

寧ろ、これは押し倒されて、いる……



「サクラ、さん?」
「うん?」
「これはどういう状況ですか?」
「そうだなぁ、他の人には絶対に見せられない顔、見たいなと思って」
「………今でも十分だと、思います、よ?」
「あぁ、ほら。もう一つ」



私の問いかけなどまるで聞こえていないように暢気な口調で言葉を続けるサクラさん。
形勢は明らかに不利なのは分かっているけれど抵抗せずにはいられない。
だって今夜、私はオンコール。



「僕、結構肉食じゃない?」
「……そうでしょうか」
「やっぱり草食動物が目の前に隙だらけでいたら美味しくいただかないと失礼だと思って、ね?」
「ちょっとよく分からないです……」
「うん、とりあえずそろそろ集中しようか」



その言葉と共に口付けが降ってきて、否が応でも意識がそちらに向いてしまう。
長い長い、呼吸すらも奪われてしまうようなキスの後、惜しむように離れていったサクラさんが見たこともないような笑顔を見せたのは私だけの秘密。


*私だけしか知らない*
(もしもし……あぁ、四宮?うん、うん……分かった、すぐ行くよ。
ん?ああ、ごめん。ちょっと寝ちゃってて起きられそうにないから僕が行くから。
うん、じゃあよろしく)
(……サクラ、さん?)
(何でもないよ、大丈夫だから寝てて)
(今……でん、わ、……)
(んー……四宮がすぐ来て欲しいって)
(私、いきま……)
(大丈夫大丈夫、四宮にも僕が行くって言っているあるから、ね)
(うぅ……サクラさんの、ばか……)


fin...


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