コウノドリ

□散歩日和
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「サクラ〜、ちょっと出かけて来るね〜」
「買い物?」
「んー……散歩ついでのお仕事?帰りに買い物にも行くかも」
「うん?」



当直明けの午後、彼女の部屋で寛いでいれば軽装で出かけようとする彼女に声をかけられた。
特に理由はなく行き先を聞いたものの、一度聞いただけではどういうことかは理解ができなかった。
既に玄関に向かっている彼女の後を追えば、苦笑しながらこちらを振り返った。



「明日、子ども達連れて公園に散歩に行くんだけど、その下見に行こうと思って」
「あぁ……そういうこと。じゃあ僕も行っていい?」
「え、別にいいけど……すぐ近くの公園だよ?」
「一人でいてもすることないし」
「……当直明けなのに、大丈夫?」



心配そうな表情。
確かに当直明けではあるけれど午前中はしっかり寝たし、あまり寝すぎても夜に寝られなくなって逆に困る。
何よりせっかく彼女と休みが合ったのに一人で部屋にいるのも寂しいものがある。



「大丈夫、せっかく一緒にいられるんだしね」
「……じゃあ、行こっか」



少し恥ずかしそうな彼女には気づかないフリ。
手を繋いで外に出れば心地良い風が頬を撫でた。



「んー、散歩日和だね」
「デート日和でもあるね」
「……サクラはいちいち恥ずかしいことを言う」



そういうつもりはないんだけれども。
僕と彼女ではそういった部分の感覚がどうにも違うらしい。



「空が高いなぁ」
「何をするにもちょうどいい季節だと思うよ。
くっついてても暑いから嫌、って言われないし」
「だって、汗とか気になるじゃない」
「僕は気にしないんだけどなぁ?」
「私は気にするの!」



軽口を叩き合いながら何となく彼女にリードされて歩いていれば、マンションから程近い公園で足を止めた。
確かにここなら彼女の勤める園からも歩いて来られる距離。
子ども向けの遊具もあって、広すぎず狭すぎず。



「こんな公園があったなんて知らなかったなぁ」
「遊具も多いし子ども向けだからね、大人だけだとあんまり気にしないかも」



そっと手を離して一つ一つ遊具に触れて確認していく桜月。
真剣な眼差しの中にもどこか楽しさが見え隠れしていて。
きっとここで遊ぶ子達の姿を想像しているんだろう、と容易に想像ができる。



「あ、どんぐり」
「ホントだ。もう落ちてるんだね」
「ね、これだけ落ちてるなら皆喜びそう」



僕としては公園でデートのつもりだったけれど、彼女の中では仕事の下見。
いや、元々彼女はそのつもりで来たのは知っているし、そう話していたけれど。
一応、デートという体をアピールしたはずが彼女には届いていないようで。



「……サクラ?どうかした?」
「ううん、何でもないよ。楽しみだね」
「うん……?」



何ともいたたまれない気持ちになって、下見を続けている彼女からそっと離れてベンチに座る。

何をやっているんだろう、僕は。
彼女は仕事の下見だと言っていた。
休みの日でも仕事をするのはどうかと思うけれど、僕が部屋で医学書を読むのも似たようなものだと言われたこともあった。

何よりも、だ。
自分はお産が始まれば約束の時間に遅れたり、ひどい時にはキャンセルしたりすることもあるのに、彼女が少し仕事を優先しただけでモヤモヤした感情を抱くのは筋違いなのに。
二人でいる時は僕だけを見ていて欲しい、なんて。
子どもじみた考えに嫌気が差す。



「サクラ?」
「………桜月」
「大丈夫?やっぱり疲れちゃった?」
「……ごめん、」
「私こそごめんね?」
「ごめん……」



名前を呼ばれて顔を上げれば、心配そうに僕を見ている桜月が目に映った。
いつの間にか買っていたらしいペットボトルの水を差し出されている。
それを受け取りながら、また視線を地面に落とす。



「午前中寝てたって言っても疲れてるよね。ごめんね、気づかなくて。
大体終わったから帰ろっか」
「ごめん、そうじゃないんだ」
「……?」



気を遣わせてしまったことに罪悪感すら覚える。
帰ろう、と言う彼女を隣に座らせれば、またしても心配そうに見つめられて溜め息が漏れる。



「ちょっと……羨ましいな、と思って」
「……うん?」
「休みの日でもこんなに桜月に考えてもらえる園の子ども達が羨ましいな、って」
「サクラ……ヤキモチ?」
「ごめん、僕やっぱり疲れてるみたいだね」



買い物して帰ろう、と立ち上がりかけたら今度は僕がベンチに逆戻り。
少し驚いて彼女を見ればニコニコとどこか嬉しそうというか、楽しそうというか。



「桜月?」
「ふふっ、子ども達にヤキモチなんて妬かなくていいのに」
「……ごめん」
「下見おしまいだから……今度は、もうちょっと」
「ん?」
「その、……公園デート、する?」



そっと指を絡めながらどこか恥ずかしそうな彼女の表情。
よく見なくても髪に隠れた耳まで赤く染まっているのが分かる。



「これだけで十分かも」
「え、?」
「僕、案外単純なんだなぁ」



彼女が僕を見てくれただけで満足するなんて、僕も大概単純らしい。



「ねぇ、桜月?」
「ん?」
「キスしていい?」
「ダメ」
「デートなのに?」
「っ、外ではダメ!」



答えは分かっていて聞いている。
それでも可愛い反応を見たくて、ついつい言ってしまう辺り僕は末期らしい。



「残念だなぁ」
「思ってないくせに……」
「そんなことないよ?キスしたいって思ったのは本当だし」
「もう、元気になったと思ったらこれだもん……」



本当にもう、と小さく何やら言っている彼女の頬に軽いキス。
外はイヤだと言うのでごく軽く。
それでも茹でダコのように真っ赤になった彼女が怒って、というよりは恥ずかしがって立ち上がり帰ろうとしたのを宥めて、もう少しだけ、と指を絡めて手を繋ぎ直す。



「これ以上したら本当に帰るから」



と言いながらも繋いだ手に力を込めて、そっと肩に寄りかかる彼女が愛おしくて。
またキスを落としたい衝動に駆られるけれど、これ以上は本当に怒って帰ってしまいそう。
だから続きはまた帰ってから。


*散歩日和*
(……眠くなってきたかも)
(ほら、やっぱり疲れてる。帰る?)
(桜月が膝枕してくれるなら帰って寝ようかな)
(えぇー……)
(そんなに嫌そうにしなくても)
(だって膝枕って、くすぐったいんだもん)
(じゃあ一緒に寝ようよ)
(……私は眠くないから添い寝してあげるよ)


fin...


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