コウノドリ

□苦くて甘い
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「よし、できた。サクラー、味見してみてー」
「うん?」



声に呼ばれてキッチンへ行けば、部屋に充満していた甘辛い美味しそうな匂いが一層強く感じられた。
先程昼食が終わったばかりだと言うのにキッチンに篭もっているとは思っていたが、一体何をしていたのか。



「はい、ゴーヤの佃煮」
「……ん?」



聞き慣れない単語に思わず聞き返してしまう。
ゴーヤを佃煮に?
僕の姿がおかしかったのか、クスクスと楽しそうに笑いながら小皿を差し出してくる桜月。
それを受け取れば、初めて見る食べ物。



「少し苦味はあるんだけどね、私はこのくらいが好きかな。
……あ、ごめん。ゴーヤ苦手だった?」
「いや、大丈夫だけど……僕、ゴーヤの佃煮って初めて」
「ゴーヤって言うとチャンプルーがメジャーだもんねー」



鍋から保存容器に移し替えながら、事務のおばちゃんにゴーヤは佃煮も美味しいって教えてもらったんだー、と機嫌良く話す彼女。
今日は珍しく休みが重なり……というか彼女が僕の休みに合わせて休みを取ってくれて二人で過ごすことができた。
お互いに自分のことをしながらもくっついたりイチャイチャしたり……まぁとにかくこれでしばらく頑張れそうと思えるほどには充実した一日を過ごしていた。

休みの日に常備菜と呼ばれる物を様々な種類作って、仕事の日のお弁当や夕飯にすることが多いという桜月。
僕もそれにたまにお世話になっている。



「あとは?何を作ってたの?」
「えーっとね、いつものきんぴらごぼうに鶏ハムでしょ、もやしのナムル、チキンのトマト煮とさつまいものレモン煮と鶏そぼろとかぼちゃのサラダ」
「相変わらず凄いね……」
「野菜の常備菜をもう少し作りたいかなー」



そう言って冷蔵庫の野菜室を開けて、何にしようかな〜と鼻歌混じりにピーマンやナスを手に取っている。
この分だと彼女がキッチンから出て来るまでもう少しかかりそうだ。
それなら自分ももう少し医学書に目を通しておこう。






























「お疲れ様、サクラ。少し休憩しない?」
「あ……こんな時間。ありがとう」



気づけば時計の針が15時を過ぎていて桜月に声をかけられなければ、もうしばらく医学書を読み耽っていたかもしれない。
テーブルに医学書を置いてコーヒーを受け取れば彼女も僕の隣に腰を下ろす。
猫舌な彼女はふーふーと冷ましながらカップを傾けている。



「桜月は紅茶?」
「うん、たまにはミルクティー飲みたくて。サクラも紅茶の方が良かった?」
「僕はどっちでも。桜月が淹れてくれるコーヒー美味しいし」
「……うん」



照れたのか少し頬を朱に染めながら、顔を逸らしている。
事実を言っただけなんだけど、表現がストレート過ぎてたまに恥ずかしい、と何度か言われたことがある。
そんなにストレートな表現をしているつもりはないんだけれど……。




「ねぇ、サクラ?」
「うん?」
「変なこと聞いていい?」
「どうしたの?」

「私って、重くない?」



少しの間、意識を別な場所に飛ばしていたら何の脈絡もない彼女の問いかけ。
重くない、重い……?



「……いつも言ってるけど、桜月はもう少し体重があってもいいと思うけど」
「うん、ごめん。そういう『重い』じゃない」
「………うーん?」



質問の意図を図りかねて首を傾げていれば、苦笑を浮かべてカップの水面を揺らしながらぽつりぽつりと言葉を繋いでいく。
こんな表情をする時は何か思うところがある時。
その一言一句を聞き漏らさないように注意深く耳を傾ける。



「んー……前に、ね?言われたことがあって。
私としては料理とかお菓子作りとか好きだし、むしろストレス発散の為にやってるところがあるでしょ?」
「うん、そうだねぇ」
「それは前から変わらないんだけどさ、大量に作って差し入れすることが続くと重いって言われちゃってねー。
私は自分のストレス発散の為に作ってるんだけど何かね」



サクラはそんなこと言わないと思ってるけど、と苦く笑った後でまたカップを傾ける桜月。
そうか、僕は気にしたことがなかったが、彼女の中では心のどこかで引っかかっていたのかもしれない。
どうしたら彼女に僕の考えが伝わるか。
少し考えてから1つ1つ言葉を紡ぐ。



「うーん……僕は、だけどね?
桜月が趣味でやってるって分かってるし、……僕は料理とかはからっきし駄目だから有り難いし、逆に桜月に負担かけて申し訳ないなって思ってる」
「負担ってことはないよ?
さっきも、まぁ……いつも言ってるけど好きでやってるんだし」



少し驚いた表情で僕を見つめる桜月。
彼女が負担に感じている、そう思っていないことはこれまでの付き合いの中で十分に分かっていた。
それでも敢えてそう伝えたのは伏し目がちな彼女にこちらを向かせる為。
ようやく目を合わせてくれた。



「誰にそんなこと言われたの?」
「……えー、と」



彼女が作った物を差し入れるのは職場か近しい関係の人。
何となく言葉のニュアンスで感じ取ってはいるけれど、この際だからハッキリさせておきたい。
返事を待たずとも聞いてみた反応で凡その答えは分かったけれど、彼女からの返答を待つことにした。
少し……いや、だいぶ言い淀んだ後で口を開いた桜月から出て来た言葉は予想通りの答えだった。



「その……前に付き合ってた人?」
「へぇ?」
「別にそれが原因って訳じゃないよ。
そんなことを言われたこともあったなぁ、って思い出して……あの、サクラさん?」
「うん?」
「顔が怖いです。ごめんね、変な話しちゃって」



いつの間にか飲み切っていたカップを手にキッチンへ向かおうと立ち上がる彼女の手を取る。
これも予想していなかったのか不思議そうに僕を見ながら首を傾げている。



「……サクラ?」
「その人は分かってないね」
「えっ?」
「自分の為じゃないにしても、あんなに美味しい料理をたくさん作ってご馳走してくれるのがどんなに有り難いことか、分かってない。
それに桜月にとって料理やお菓子作りがどんなに大切か」
「……サクラ」
「まぁ、でも分かってたら今こうして一緒にいられないから、その点に関してだけは感謝かな」
「ふふっ、そうだね。ありがと、サクラ」



どこか照れたように、嬉しそうに笑う彼女が愛おしくて掴んだ手を引き寄せようとするけれど、ちょっと待ってと止められる。
不満が顔に表れていたのか、僕を見て苦笑気味に笑った彼女が持っていたカップをテーブルに置く。
中身が空とは言え、危ないと思ったらしい。
そして僕がこれから何をするのかも彼女にはお見通しのようだ。



「改まると何か恥ずかしいけど、お待たせしました」
「アハッ、恥ずかしがることないのに」



両手を広げて僕を待っている彼女の要望にお応えして、そっと抱き締めるとそのまま彼女の唇に自分のそれをゆっくりと重ねた。
ほんのり甘い、紅茶味のキスに頬が緩むのを止められなかったのは秘密の話。


*苦くて甘い*
(夕飯、何にしよっか)
(うーん、どこか食べに行く?)
(あ、この前同僚にこの辺に新しくできたお店教えてもらったよ)
(へぇ?)
(確か和食居酒屋みたいな感じだったかな)
(じゃあ行ってみようか)
(いいの?)
(話題にするってことは行きたいってことでしょ?)
(流石サクラ……よく分かってる)


fin...


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