コウノドリ

□美味しい時間、愛しい時間
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秋雨前線が発達していてここ数日は雨が続くと天気予報で言っていた。
季節の変わり目で気温も下がりつつある中でのこの雨は寒さにまだ慣れていない体に堪える。
帰り支度をしながら夕飯はどうしようか、なんて考えていたらタイミング良く、お隣さんからメールが届いた。

『今日は帰って来れそう?
もし良ければうちで夕飯でもどうかな?』

彼女はどこからか僕のことを見ているんじゃないかと思うくらいタイミングが良いことがある。
そんなことがあるはずがないのは分かっていても、狙ったように送られてくるメールを見ると思わず笑ってしまう。



「なーに?愛しの彼女からメールですか〜?」
「えぇ、夕飯一緒にどうかって」



どうやら頬が緩んでいたらしい。
小松さんがからかうように尋ねて来るので、それに乗っかってみればあからさまに肩を落としながら背中を向けられた。



「帰れ帰れー!早く帰らないとお産に巻き込むぞー!」
「アハハッ、お疲れ様でーす」



今日は早く帰れるうえに、せっかくのお誘いを断ることになるのはもったいない。
今から帰るよ、お邪魔させてもらうね、と返信して足早に病院を後にする。

外に出れば傘の意味を成さない程の雨が降っている。
タクシープールには一台も車が停まっていない。
帰ったらまずはシャワーかな、と覚悟を決めて傘を片手に駆け出した。






























「ただいま……」
「おかえりー。
うわ、すごい濡れてる。お風呂沸いてるから先に入って来たら?」
「ごめん、そうさせてもらうよ」



予想通り、傘を差しても全身びしょ濡れで。
それすらも見越していたのか風呂を沸かしておいてくれた彼女には感謝しかない。
サクラがお風呂入ってる間にご飯準備しちゃうね、とキッチンへ姿を消す桜月。
玄関を開けた時からいい匂いが部屋中に充満していた。

二人で一緒に食べるのは久しぶりな気がする。
料理上手な彼女の作る物は何でも美味しいけれど、タッパーに入れられた彼女の手料理を一人で食べるよりも二人で他愛もない話をしながらコンビニ弁当を食べる方が今の僕には何よりのご馳走。
……こんなことを言ったら怒られそうだけれど、それだけ彼女の存在が今の僕には大きくて。



「あー……あったかい」



冷えて固くなった体が入浴剤の入ったお湯でゆっくりと解れていくのが分かる。
遅くに帰って来るとお湯を張る時間すらも勿体なくて、シャワーで済ませてしまうことが多い。
体の表面はシャワーのお湯で温めることはできるけど、芯まで温まることはできなくてシャワーを浴びても冷えたままの体でベッドに入ることもしばしば。
それで熟睡できるはずもなく、疲れが取れないまま朝を迎えることもある。
こんなことを彼女が知ったら、自分の部屋に入りに来いと言われそうだな、と一人笑ってしまう。



「サクラー、大丈夫?起きてるー?」
「あぁ……ごめん、大丈夫」
「逆上せないようにねー?」
「ごめんごめん、もう上がるよ」



気づけば30分以上も入っていたようだ。
きっと夕飯の支度も終わって、僕が席に着くだけの状態なんだろう。
人の部屋でリラックスし過ぎだとも思うけれど、そこ此処から彼女の存在を感じられるこの部屋は下手すれば自分の部屋よりも寛いでしまう。
もう少し浸かっていたい気もするけれど、彼女が待っている。
息を一つ吐いて湯船から立ち上がった。


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