コウノドリ

□美味しい時間、愛しい時間
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「お待たせしました」
「ふふ、お待ちしてました」



テーブルを見れば、カセットコンロの上に置かれた土鍋が真ん中に鎮座している。
彼女の部屋を訪れるようになってから結構な期間が経つけれど、土鍋なんて初めて見る気がする。
彼女の向かい側の席に着けばニコニコしながら蓋に手をかける桜月。



「ふふふー、この前ついに買っちゃったんだー。
前から欲しかったんだけど、一人暮らしでこのサイズの土鍋は手が出せなくてね」
「あぁ、道理で初めて見ると思った」



僕の部屋よりも断然、調理器具が潤沢な彼女の部屋。
土鍋もあっておかしくないものだと思っていたけれど、言われてみれば見たことがなかったかもしれない。
聞けば二、三人前サイズの土鍋だと言う。
一人暮らしの女性の部屋には確かに大きいサイズかもしれないが、彼女ならばその辺り気にすることなく持っていてもおかしくはない気がする。

そんなことを思っていたのが顔に出ていたのか、苦笑気味に彼女が笑う。



「鍋ってさ、色々詰め込みたくなるんだよね……。
一人で消化するのはなかなか大変だし、毎回友達呼ぶのもどうかと思ってたんだけど今は食べてくれる人に当てがあるからいいかなって」
「うん?」
「まぁたまに帰って来ないけど、サクラが食べてくれるからいいかなーって思って買っちゃった」



よいしょ、と楽しそうに土鍋の蓋を開ける桜月。
湯気と共に美味しそうな匂いがふわりと立ち込める。



「あ、おでん?」
「うん、急に寒くなるって天気予報見たから昨日から仕込んでありました」



はんぺん、大根、ちくわ、巾着、玉子……見える範囲だけでも具沢山なのがよく分かる。
こんなに用意するのは大変だったんじゃないか、と思ってその考えは捨てた。
今日はかなり機嫌がいい彼女、きっと新しい調理器具を使っての料理は楽しかったんだろう。
ニコニコしながら取り分けてくれている。



「一応聞くけど苦手なのある?」
「ん?大丈夫だよ」
「良かった、練り物苦手な人とかいるじゃない?おでんって練り物多いからさ。
一応練り物以外の具も入れてあるんだけどね」
「え、他にも入ってるの?」
「下の方に鶏肉とかつみれとかウインナーとか」
「そんなに……あ、これは何?」
「ちくわぶ〜」
「へぇ?」



聞いたことはあるけれど、そういえば食べたことがないかもしれない。
それを察した彼女が鍋に入っている具材を満遍なく取り皿に入れて置いてくれる。
彼女が自分の分を取り分けるのを待って手を合わせる。



「いただきます」
「召し上がれ〜」
「あっつ……うん、すごく味が染みてる」
「でしょ?昨日仕込んだ甲斐があったよ」



箸で掴んだはんぺんをふーふー、と冷ましながら楽しそうな様子の彼女に釣られて頬が緩むのが分かる。
楽しそうな彼女を見ているとこちらも楽しくなるのは何故だろう。



「んー?」
「いや……何か温かくていいな、って思って」
「これからの時期はやっぱり鍋だよねー」



僕の発した言葉の意味と彼女が捉えた意味は違うかもしれない。
それでも幸せそうに笑う彼女にわざわざ否定する気も起きなくて。



「サクラ、今日はオンコール?」
「今日は何もないよ」
「じゃあ……飲んじゃう?」
「うん、たまにはいいね」



何気ない、このやり取りが何よりも愛おしくて大切で。
どうかこの日常がいつまでも続くことを願わずにはいられない。


*美味しい時間、愛しい時間*
(おでんには日本酒、って言う人もいるけどさ)
(うん?)
(缶チューハイでもビールでも何でもいいよね)
(好みもあるしね)
(っていうよりさ、)
(ん?)
(誰と食べるか、の方が大事かなって)
(うん……確かに)


fin...


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