コウノドリ

□ここは僕だけの特等席
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部屋のソファの左端

ピアノ部屋の小さなソファ

ライブハウスの舞台袖のパイプイス



全てが君の場所
































「サクラさん、どうかしました?」
「うん?」
「楽しそうなので何かあったかと思って」



キッチンでコーヒーを淹れていた桜月。
そういう彼女もどこか楽しそうで、自分でも表情が和らぐのが分かる。
コーヒーを淹れたカップを2つ持ってリビングに戻って来る。
僕の部屋だけれども、すっかり勝手知ったる我が家のようにコーヒーを淹れてくれるようになった。



「うーん……何て言うのかな」
「……?」
「最近、桜月がいるのが当たり前だな、と思って」



何ですかそれ、と笑いながら桜月が座るのはやっぱりソファの左側。
もはや彼女の定位置で彼女が部屋に来ない日ですらその場所は空けてしまう辺り、そこはもはや特等席のようなものになっている。



「こっちのソファなら左側、ピアノの部屋だと後ろのソファ、ライブハウスだったら舞台袖」
「はい?」
「桜月がいる場所」
「あー……確かに、大体そうかもしれないです」



僕の言葉を聞きながら、その場所を思い浮かべているのかカップを持ったまま緩く首を傾げている。
医局は言うまでもなく僕の隣の席。
思えばいつでも彼女は僕の近くにいる。
それが当たり前になったのはいつの頃からだったか。

初めのうちは慣れなかったな、と以前にも考えたことを思い返す。
部屋の中から自分以外の生活音が聴こえることに違和感を覚えたのは事実。
施設で暮らしていたとは言え、ママの家を出て一人暮らしを始めてからはもう15年以上が経っている。
こんなにも近くで誰かと過ごすことなんて想像もしていなかったし、それがこんなにも心穏やかで愛おしく感じるなんて思ってもみなかった。



「サクラさん……?」
「ん?」
「何だか楽しそうですね……?」
「うーん、桜月のことを考えてたからかな」
「また、そういうことを言う……」



恥ずかしそうな彼女。
本当のことを言っただけなのに、本心を口にされるのは恥ずかしいとよく言われる気がする。
仕事上、感情を押し殺して患者さんに対応することはあるけれど、それが心苦しいことだってある。
その反動もあってプライベートで彼女といる時は本心をさらけ出す。
それに彼女に嘘は吐きたくない。



「サクラさん?」
「ごめん、ぼーっとしてた」
「お疲れですか……?今日、緊急のカイザー2件入りましたもんね」
「それを言ったら桜月だってどっちにも前立ちに入って疲れたでしょ」
「大丈夫ですよ?」
「うーん、桜月は若いからなぁ〜」
「そういうことではなくて……!」
「分かってるよ……どちらの妊婦も早剥で出血も多かった。
でも母子共に無事に産まれた、それで十分」
「はい……」



確かに緊急の帝王切開が立て続けに2件あり、体力的には限界が近い。
それでも満ち足りた気持ちなのは、赤ちゃんが無事に産まれたから。
それが何よりの心の栄養剤。



「そろそろ休みますか?」
「うーん……あ、そうだ。ちょっとごめん」
「はい、?」



体力的には疲れているのだから尚更早くベッドに入って体を休めるべきなのは分かっているけれど、もう少し彼女との二人の時間を満喫したい気もする。
どうしようかと考えあぐねいた末に名案を思いついて、桜月の手から飲みかけのカップを回収。
不思議そうにしている彼女に笑いかけてから、ソファに横になって彼女の柔らかな腿に頭を預けた。



「サクラさんっ……?!」
「やっぱり疲れたかも。少しだけ、休憩させて?」


こう言えば彼女が断れないのを知っている。
顔を真っ赤にしながらも諦めたように溜め息を吐いた彼女に自分でも頬が緩むのが分かる。
ソファのこの場所が彼女の特等席ならば、彼女の膝は僕の特等席。
このまま眠ってしまうのも悪くないけれど、流石にそれは申し訳ない。
適度なところでベッドに連れて行こう。
彼女にそのつもりはなかったかもしれないけれど、せっかく二人ともオンコールから外れているんだから今日は泊まっていってもらうことにしよう。
桜月がいる場所、それがどこでも僕の特等席なのかもしれない。


*ここは僕だけの特等席*
(あの、サクラさん?)
(うん?あ、足痺れた?)
(いえ、それは大丈夫なんですけど……お疲れならもう寝ましょうか?)
(うーん、もう少し桜月の太ももの感触を楽しみたいかな)
(もう、サクラさん!)
(ちょっと怒りながらもそのままでいてくれるから優しいよね)


fin...


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