コウノドリ

□glasses
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当直の時間もそろそろ終わりが近づき、日勤のスタッフに申し送りをして仕事を終える時間。
そんな頃に胸ポケットに入れたスマホが着信を告げた。
スタッフステーションにいるのに、一体誰だろう。
不思議に思って表示を見れば、愛しい彼女の名前がそこにはあった。



「高宮、どうした?」
『鴻鳥先生……すみません、今ちょっと出られますか?』
「うん、大丈夫だけど……どうかした?」
『すみません、医局の私のデスクの一番下の引き出しにタオルが入ってるので通用口まで持って来てもらえますか……?』
「……うん?」



今日三度目の『すみません』の後に続いた言葉を聞いて、すぐさま立ち上がって医局に駆け込む。
既に出勤していた四宮が驚いた顔をしているのを横目で見ながら、彼女に指定された引き出しを開けてタオルを引っ掴んで通用口まで走る。
医局を出る直前にすぐ戻るけど何かあったらよろしく、とお願いはしておいた。



「桜月!」
「サクラさん……すみません、こんなこと頼んじゃって……」
「大丈夫?うわ、泥までついてる」
「すみません……」



申し訳なさそうに何度も謝る彼女に何があったかと言えば。
昨夜は強い雨が降っていた。朝方には止んでいたが、路面には所々水たまり。
通勤途中の彼女の脇を通ったトラックが大きな水たまりに嵌まって盛大に頭から水飛沫をかぶった、と。
すみません、と平謝りする彼女の頭にタオルをかぶせて水気を拭き取る。
そのまま着替えに入ればいいのに、院内を汚したら申し訳ないと通用口の外で待っていた。



「とりあえず水滴は落ちなくなったから、そのままシャワー浴びておいで。
みんなには状況話しておくし、時間過ぎても桜月が来るまで僕がいるから」
「すみません……」



流石にこの状態で仕事します、とは言わないだろうとは思っていたけれど、素直にシャワールームへ向かう彼女の背中に溜め息が漏れた。
何とも今日はツイてない日だな。

































「すみません、ありがとうございました……」
「桜月先生、大変だったねぇ」
「すみません、小松さん」
「いーのいーの、まだ申し送り前だしさ!
それにしても……桜月先生、眼鏡かけるんだね?」
「あぁ……砂が入ってしまって、ちょっとどうにもならなくて。
いつも予備の眼鏡は持ち歩いてるので問題ないんですけど、コンタクトは流石に病院には持って来てなくて」



シャワーを浴びた彼女がスタッフステーションに顔を出したのは申し送り開始3分前。
ギリギリ間に合わせようと急いで出て来たのだろう。
髪はまだ湿り気を帯びているし、頬は上気してほんのり朱に染まっている。
普段ならば僕しか見られない無防備な姿を惜しげもなく晒す彼女。
何となく他の人には見せたくなくて、彼女の肩にかけてあったタオルを頭にかぶせて手荒く髪を撫でつける。



「わ、えっ?鴻鳥先生?」
「髪、ちゃんと乾かしておいで。風邪ひくよ」
「ですが、もう申し送りですし」
「風邪ひく方が迷惑だ、患者に移すつもりか」
「四宮先生……すみません、行ってきます」



今回ばかりは四宮に感謝。
放っておけば自分のことは二の次三の次にして患者さんに向かっていく。
それが悪いとは言わないけれど、決して褒められることでもない。
時には自分の身体を優先することも必要なのだから。



「サクラ、申し送り始めよう」
「え、でも、高宮は行ったばかりだよ?」
「時間は限られてる、アイツが戻って来たらお前が申し送りしとけ」
「人遣い荒いなぁ」



それでも四宮の言うことも間違いはない。
時間に限りはある。ただでさえ外来診療は混雑していて待ち時間が長いと言われている。
定刻通りに始める必要があるのは間違いない。
どのみち僕もこの状況ではまだ帰れない。


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