コウノドリ

□Happy Birthday
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開店前のBlues Alleyの扉が開く。



「すみません〜、まだ開店前で……あれ、桜月さん?」
「滝さん、お久しぶりです。お忙しい時にすみません……」
「いやいや、桜月さんなら大歓迎よ。今日はベイビーのライブじゃないけど……どうかした?」
「実は、滝さんにお願いがありまして……」



兄弟のように育った昔馴染みに恋人ができた、というのは少し前のこと。
鴻鳥サクラがBABYというトップシークレットも打ち明けて、自分に彼女を紹介してきたのは2ヶ月ほど前のライブの時だったか。
彼女も忙しい人のようで、BABYのライブの日に必ず足を運べる訳でもなさそうだ。
そんな彼女が店を訪れた、しかも一人で。
真剣な眼差しで『お願い』なんて言われたら聞かない理由はない。
カウンターに座らせて、じっくり話を聞くことにした。












































「今日もダメ……」



屋上でスマホを片手にがっくりと肩を落とすのはサクラ。
ちょうど当直の休憩に入った四宮は気にした様子もなく、ベンチに腰掛けていつものジャムパンと牛乳を袋から取り出す。
はぁ、と深い溜め息を吐きながらその隣に座るサクラだが姿勢を保とうとはせず、ずるずると滑り落ちていく。



「落ちて腰を痛めても今度の当直は変わらないからな」
「四宮〜」
「何だ、鬱陶しい」
「彼女がさ、最近全然会ってくれないんだよ〜今日も今から帰れそうなんだけど時間ない?ってメールしたら《ごめん、出かけるから無理》って……隣に住んでるのにもう2週間以上顔見てないんだよ?
僕が当直の日とBABYのライブの日には部屋に来てるのに何で僕がいる時に来てくれないのかな……」



前にも似たようなことがあったな、と表情には出さないが内心呆れている四宮。
10年以上の付き合いになるが、彼女と付き合うようになってから見るサクラの姿は新鮮さを感じる。



「聞いてみればいいんじゃないか」
「え?」
「何の理由もなく、会わなくなるような人をお前は選ばないだろ」
「四宮……うん、そうだね。電話してみる」



ありがとう、四宮。
そう言って屋上を後にするサクラ。
その後ろ姿はどこか吹っ切れたような気がした。








































「滝さーん……もう無理……これ以上は上達する見込みなし……」
「頑張って〜」



どこか心の籠もっていない応援を背に受けて、深い溜め息を吐く。
Blues Alleyのピアノを借りて、秘密の練習を始めてからもう3週間は経つ。
ある程度、弾けるようにはなったが、全て通して弾けたのは片手で数える程。
元々苦手なピアノ。ここまで弾けるようになったのは場所を提供してくれた滝のお陰。
来たるXデーの為、開店前にピアノを使わせてほしいと頼んでから仕事をほぼ毎日定時で上がって練習に明け暮れた。
サクラの当直の日、そしてBABYのライブの日と確実にサクラが不在の時にはサクラの部屋で練習したこともあったが、如何せん元の力量が足りなさすぎる。
別な曲にしてもいいのでは、という滝のもっともな意見もあったが、どうしてもこの曲を弾きたかった。



ーPririririri……



そろそろ開店時間が近い。
あとは帰って最近買った電子ピアノで片手ずつ練習するか、と荷物をまとめ始めた時に着信音が流れる。
表示を見れば《鴻鳥サクラ》
滝に目配せしてから、通話ボタンをタップする。



「もしもし」
『ごめんね、今大丈夫?』
「どうかしたの?」
『ちょっと、会って話したくて……今、家にいる?』
「ごめん、出先……今から帰るから」
『桜月の部屋で待っててもいいかな』
「分かった」



どことなく固い声色なのは気のせいだろうか。
終話ボタンをタップして困ったように滝を見遣る。
電話の相手はサクラだと分かっているようでニヤニヤしながら水を差し出してくる滝。



「何でニヤニヤしてるんですか〜」
「いーえ、そろそろサクラさんが限界かなーって思って。
この前のライブも『桜月さんに会えなくて寂しいー!』って思いが全開でしたよ」
「まさかそんな……」
「良くも悪くもその日のコンディションに左右されまくりますからね、サクラさん」



彼を昔からよく知る滝の言うことだ、間違いはないのだろう。
早く甘ったるいラブソング聞かせてほしいな〜と茶化すように話す滝を尻目に家路につく。

電話越しに聞こえた、強張った声。
これから待ち構えているサクラとの時間が何事もなく過ぎてくれるのを祈るしかなかった。


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