コウノドリ

□お誕生日おめでとう
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「じゃあお疲れ様、後はよろしくね」
「はい、お疲れ様でした」



退勤時間になり、そそくさと病院を後にした鴻鳥先生。
と言ってもライブハウスに着くのはギリギリな時間。
毎回思うけれど産科医とジャズピアニストの両立は大変だ。



「ねぇ、桜月先生?」
「はい」
「今日って鴻鳥先生の誕生日じゃなかった?」
「そうですね」
「桜月先生、当直でいいの?」



カレンダーを見ていて思い出したらしい小松さんがお祝いしなくていいの?なんて、少し気遣わしげにノートパソコンの向こうから顔を覗き込んできた。
気遣いが有り難い。



「まぁこの仕事ですからね、記念日や誕生日に一緒にいられないのは仕方ないことです。
それに昨日お祝いしたので大丈夫です」
「あぁー………なるほど、それで今朝マスク……」
「っ……」
「鴻鳥先生もまだまだ若いなぁ〜!」
「小松さん、声が大きいですっ……」



合点がいった、とばかりにニヤニヤしながら肩を突かれる。
しまった、今のは失言。
小松さんは察していたのに……カマをかけられたようだ。
声の調子が戻ったからと思って午後からはマスクを外していたのだけれども、せめて今日一日くらい付けておけば良かった。

居心地悪くなって一声かけてから医局に戻れば、ようやく静寂が訪れる。
自分のデスクに座り、引き出しを開ければ渡すはずだったラッピング済みの箱が鎮座している。
本来なら昨夜のうちに渡すつもりだった、誕生日プレゼント。

部屋に行って落ち着いたところで渡すはずだったのに………
昨夜のことは思い出しただけで顔から火が出そう。

渡せるのは明日の朝以降かな、なんて思っていたら医局のドアがノックと同時に開かれた。
今夜もまた忙しくなりそうな予感。






































「すみません……結局呼び出しになってしまって……」
「あれだけ分娩が重なったら仕方ないよ」
「ライブ、途中でしたよね」
「まぁほら、僕らに休みはないから」



大丈夫大丈夫、と笑う鴻鳥先生。
誕生日くらいゆっくりして欲しいとは思うけれど、お産は待ってくれない。
早々に呼び出す形になってしまい、緊急帝王切開まで入ってもらった。
休みはないとは言え、流石に申し訳ない。

ようやく一段落ついたのは日付が変わる頃。
医局のソファに座る鴻鳥先生の分と合わせてコーヒーを入れてから彼の正面に座る。



「隣じゃないんだ?」
「……さっき、小松さんにからかわれまして」
「へぇ……?」



先程のやり取りを話せば苦笑気味に、でもどこか楽しそうに笑う彼の表情に胸が高鳴る。
本当に、昨日からサクラさんにはやられっぱなしだ。



「あ、」
「うん?」
「ちょ、ちょっと待ってください」



呼び出しになったのは申し訳ないけれど、これはいいタイミングではないだろうか。
先程、再度引き出しにしまった包みを取り出してそっと彼に手渡す。
少し驚いた表情の彼。



「本当は、昨日渡すつもりだったんですが……」
「あぁ、昨日はそれどころじゃなかったもんね」
「サクラさんのお陰で。
でも、日付が変わる前に渡せて良かったです」
「開けてもいい?」
「勿論です」



勿論です、なんて言ったけれど不安しかなくて。
男性に何か贈り物をするなんて家族以外にはなかったし、広い意味で芸術家の彼のセンスには敵うはずもない。
それならば彼の役に立ちそうなもの、できれば身につけてもらえそうなものは何か、と考えた結果。



「ネクタイピンと、カフスボタン?」



丁寧に包装紙を剥がして、蓋を開ける彼の様子を真っ直ぐに見つめていたけれど、蓋を取り外した瞬間に思わず顔を下げてしまった。
心配半分、不安半分。
要するに自信がない。



「付けてみてもいい?」
「え、あ……はい」



予想外の発言に顔を上げれば、つい先程までつけていたカフスボタンを外していて。
おそらく即興なんだろう。
聞いたことのない歌をハミングしながらプレゼントしたものに付け替えている。

両方付け替えたところで『どう?』と両手首を目の前に差し出された。



「え、と……」
「ネクタイは置いてきちゃったから今度付けるね」
「はい……」
「うん?」
「あ、いえ……今付けてくださると思っていなかったので」



率直に思ったことを口にすれば、アハハッといつもの笑顔を見せた。



「だって嬉しいよ、たくさん考えてくれたでしょ?」
「それは、まぁ……」



仕事中は基本的にスクラブに白衣。
しかも装飾品の類はつけられない。
そうなるとプライベートか彼のもう一つの職業、ピアニスト・BABYの時につけられるもの。

できることなら彼の側にありたい。
そう思った時、ふとステージ上の彼の姿が思い浮かんだ。
あの場所で、彼は一人。
孤独を感じているかは分からないけれど、時折ピアノに向かう背中が寂しそうに見えて。
あの場所でこそ近くにいたい、そう思った。



「何か、可愛いけど僕が付けても大丈夫?」
「大丈夫です!」



ネクタイピンはシルバーで先端にト音記号をあしらったもの。
カフスボタンもネクタイピンと対になっていて、こちらは八分音符を象ったものになっている。
種類がたくさんあって色々悩んだけれど、



「ねぇ、桜月?」
「はい」
「ちょっとだけ、日付変わるまで隣にいて?」



そう言われて時間を確認すればあと2分ほどで時計の針が頂点を指そうとしている。
それくらいなら、とソファに座る彼の隣に座れば肩を抱き寄せられて腕の中に閉じ込められる。



「サ、サクラさんっ」
「うん、ちょっとだけ」



少しだけ真剣味を帯びたその声色に抵抗を止めて彼の胸に身体を預ける。



「こんなにお祝いしてもらったの、ママの家を出てから初めてかも」
「……そう、なんですか?」
「そうなんですよ?
昨日はごめんね、嬉しくてちょっと手加減できなかった」
「それは……まぁ、大丈夫です。小松さんにはからかわれましたけど……」
「アハハッ、ごめんごめん」



ぽんぽんと頭を撫でられて顔を上げれば、これまで見てきた中で一番幸せそうに笑うサクラさんと目が合って。
きゅーっと胸が締め付けられる。

日付が変わるまで、あと1分。
もう一度、お祝いの言葉を彼に。


*お誕生日おめでとう*
(日付変わったので離してください)
(……そういうところ、結構ドライだよね)
(勤務中なので)
(じゃあキスしてくれたら離してあげる)
(……………鴻鳥先生)
(ごめん、冗談。続きはまた今度ね)


fin...


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