コウノドリ

□聖なる夜は貴方と二人
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病院のロビーに大きなツリーが飾られたのはもう三週間も前のこと。
気づけばもうクリスマスイブで、恐らくこの調子であっという間に新しい年を迎えてしまうのだろう。
一年というものは本当に早い。



「桜月先生、お疲れ様〜」
「小松さん、お疲れ様です」
「聞いたよ〜?今日、鴻鳥先生と休み合わせれば良かったのに!」
「あはは……まぁ、夜はオンコール外れてますし」



本当にこの人は色々なところにアンテナを張り巡らせている、と思う。
確かに今日、特に何も考えず仕事を入れてしまったけれど、本来ならば休みを合わせるところだったんだろう。
彼が実家のクリスマスパーティーに行くのは付き合う前からのことだったし、滝さんと一緒に行くというのならば私まで割って入る必要はない。
そう思っていたのだけれども、どうやら彼の考えはそうではなかったらしく、12月のシフトを見て肩を落としていた。
申し訳ないことをしたな、とは思ったもののシフトが確定してしまった以上はわざわざ変わってもらうことはせず、今日に至る。
せめて夜は一緒に過ごそうと約束をして、今日はその約束の日。
仕事が終わったら予約しておいた料理を受け取って彼の部屋に行くことになっている。



「あ、じゃあ私上がります。あとはお願いしますね」
「はいはーい、鴻鳥先生によろしく〜」
「お疲れ様でした」



定時きっかりに荷物をまとめてそそくさとスタッフステーションを後にする。
下手に残っていると何かと引き止められてしまいそうで。
医局に置いてある財布やスマホをバッグに入れていたら、今日当直の彼の同期が興味なさそうにこちらを見ていた。
……何だろう、私何かやらかしたかな。



「サクラが、昨日ひどい顔してたぞ」
「え?」



ひどい顔、とは。
昨日は体調が悪そうな様子もなかったし、至って普通に見えたけれど……。
まさか本当は体調が悪かったけれどそれをひた隠しにして仕事をしていた?
実は楽しみにしていた私が今夜、気兼ねなく部屋に行けるように?
もしそうだったとしたらこれからお邪魔するのは申し訳ないのではないか。
そんなことを考えていたら、いつもの牛乳を冷蔵庫から取り出しながらこれまたどうでも良さそうな顔で言葉を紡ぐ四宮先生。



「心配するな。体調が悪いんじゃない」
「えっ?」
「これからサクラの部屋に行くんだろ」
「あ……はい、まぁ……」
「楽しみで仕方ない、って顔が緩みまくっててひどかった」
「、そう……でしたか」



体調不良でないならば良かったけれど、それはそれで何とも恥ずかしい。
私の、というか見る限り他のスタッフの前でも患者さんの前でも何ら普段と変わらない鴻鳥先生だったけれど、気心知れた同期の前ではそうではなかったらしい。
これに対して私はどう反応すればいいのだろう。
ちょっと悩んでいたら『俺と話して遅くなったなんて聞いたら、サクラの機嫌が悪くなるから帰れ』と追い払うような言葉を投げられた。
気遣いを有り難く受け取ってお疲れ様でした、と医局を飛び出した。

着替えをしたらお店に行くのギリギリかも、と時計とにらめっこしながら着替えを済ませて通用口を出る。



「あ、桜月。お疲れ様」
「えっ、サクラさん?」
「待ちきれなくて迎えに来ちゃった」
「すみません、お待たせしちゃって」
「さっき来たところだから大丈夫」



行こうか、と言って差し出された手はいつもより冷たくて、きっと寒空の下で待ってくれていたんだろうと思うと申し訳なさが胸に募る。
部屋で待ってくれていて良かったのに、と顔に出てしまっていたのだろう。
苦笑交じりに笑ったサクラさんに鼻を摘ままれた。



「そんな顔しないでよ。待ちきれなかった、って言ったでしょ」
「でも……」
「せっかくのクリスマスなんだから少しでも一緒にいたいよ?」



本当にこの人には敵わない。
せめて風邪をひかないようにと自分に巻いていたストールを彼にかければ、嬉しそうに破顔するものだからこちらの方が照れてしまう。
プライベートでは感情表現が豊かな彼。
ストレートすぎてたまにこちらの方が恥ずかしくなってしまうのは仕方のないことだと思う。

テイクアウトを予約していた料理を受け取り、彼の部屋へ。



「そういえば、ケーキって……」
「大丈夫、ちゃんと買ってあるよ」
「すみません……」



甘い物が苦手な私は別にケーキはいらないと思っていたけれど、クリスマスにケーキは譲れないとサクラさんが手配してくれることになっていた。
リビングに入れば、いつもと少し雰囲気が違う。
この部屋で赤いテーブルクロスなんて初めて見た。



「大したことないけど、ちょっとだけクリスマスっぽくしてみたよ」
「ありがとうございます……」



持ち帰った料理を皿に移して並べて、
サクラさんが用意してくれたシャンパンを開けて、



「メリークリスマス、サクラさん」
「メリークリスマス、桜月」



軽くグラスを合わせてシャンパンを口に運ぶ。
じゃあ食べよう、となった時に何か思い出したサクラさんが慌てて冷蔵庫へ向かって行った。
料理で出し忘れた物でもあったかな、なんて思いながらチキンを切り分けていたら、サクラさんが白い箱を持って戻ってきた。
……ケーキ、だろうか。
まさかホールで買った?
二人で食べるのに?



「桜月も食べられるケーキ。開けてみて?」
「……、?」



促されるままに箱の蓋を開けてみれば、予想とは少し違う匂い。
何だろう、クリームチーズ?
そっと箱から取り出してみれば、ケーキと思われるそれの上には色とりどりのトマトと薔薇を象ったサーモン。
それにスライスした……きゅうりを丸めたもの?
これは、一体。



「スモーガストルタ、って甘くないサンドイッチケーキなんだ」
「サンドイッチケーキ………」
「これなら桜月も食べられるかな、と思って」
「わざわざ、すみません……」
「謝ることじゃないよ、せっかくだから同じ物食べたいって思って探しただけ」



何てことないように言うけれど、きっと下調べからして大変だったはず。
そもそも甘くないケーキなんてないと思っていたから、どんなケーキが出てきたとしてもブラックコーヒーを片手に頑張って食べるつもりだったのに。



「サクラさん……」
「うん?」
「ありがとうございます、嬉しい」
「ふふ、どういたしまして」



彼があまりに幸せそうに笑うから、何だか私まで幸せな気分。


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