コウノドリ

□居場所
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「ペルソナ総合医療センター、産科の高宮です。
陣発、はい…破水してて間隔がもう5分、週数は?……えっ?母子手帳は?」



外来を終えて、休憩に入る間際。
産科のスタッフステーションに1本の電話が入る。
いち早く反応した桜月がペンを片手に受話器を持ち上げた。
それを横目で見ながら午前のカルテを纏めていたが、どうにも雲行きが怪しい。
電話を受けながらメモを取っていた彼女の表情がどんどん曇っていく。
この感じは何度か経験がある。
ペンを走らせていた彼女の手が止まり、受話器を肩に当てて縋るような表情をこちらに向けた。
きっと彼女だけでは判断できるレベルの妊婦ではないことは間違いがない。



「高宮、どうした?」
「鴻鳥先生、……未受診妊婦です。もう分娩開始してます」
「うん、聞こえてた。
LDRは空きがあるね、緊急もなし。オペ室も空いてる……大丈夫、受け入れて」
「、はいっ……」



仕事中、基本的には冷静で落ち着いている彼女の珍しく不安そうな顔。
それはそうだ。未受診妊婦なんてそうそうお目にかかるものでもない。
僕自身、2年前……彼女が後期研修医だった時に受け入れてからは一度もない。

未受診妊婦の受け入れはリスクが高い。
ウイルス肝炎やHIV、様々な感染症の有無も、赤ちゃんの週数も何もかもが分からない中での出産。
陣痛が5分間隔ならば悠長にしている暇はない。



「高宮、滅菌手袋2枚重ねて」
「はい、来たら採血してすぐに検査回します」
「頼んだよ。エコーは僕がやるから」
「分かりました」
「エヌ(NICU)と向井さんは?」
「連絡済みです。
今橋先生が準備してくださってます。向井さんの方も大丈夫です」
「うん」



救急車が搬送口に入ってくる。
ここからは時間との勝負だ。







































未受診妊婦……島田さんは、身寄りもなくお付き合いしていた男性は妊娠を伝えた途端に連絡が取れなくなったという。
派遣社員として働いていた会社も産休、育休共に取れず解雇に近い状態で退職し、カプセルホテルで寝泊まりしていたそうだ。
そこでお産が始まってしまい、ペルソナへ緊急搬送となった。
きっと、私だけでは対処しきれなかった。
鴻鳥先生がいる時で本当に良かった。



「……本当に必要としている人に福祉の手が届かないのはどうしてなんでしょう」
「制度そのものを知らない人もいるからね」
「妊娠が分かった時点で、せめて役所に相談してくれていれば話は違ったんですけどね。
もう少し話をしてみます」
「向井さん、お願いします」



幸い生まれてきた赤ちゃんもお母さんも感染症への感染はなく、どちらも健康。
およそ35週で生まれた赤ちゃんは2,302gで少しの間NICUにいることにはなるがすぐに卒業できるだろう。
問題は、その後。



「赤ちゃん、どうなるんでしょうか」
「うーん……島田さんが、赤ちゃんを育てられる環境が整うまでは、乳児院に行くことになる、かな…」



福祉の手が必要としている人達に差し伸べられないのは何故だろうか。
誰もが不安を抱えることなく妊娠して出産を迎えることができればいいのに。



「そんな顔しないの」
「……すみません」
「赤ちゃんもお母さんも無事だったんだから、まずはそれを喜ぼうよ」
「はい……」



頭に大きくて温かい手を乗せられる。
この手の温かさに何度も慰められてきた。
こんなに甘やかされてしまって、独り立ちしないといけないのに。
誰かに、鴻鳥先生に頼らずに消化できるようにならないといけないのに。



「さ、気を取り直してご飯食べよう。他にも進行中のお産はあるんだし」
「……そう、ですね」


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