コウノドリ

□潤いをあなたに
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洗い物が辛い、この季節になった。
料理は好きだけれども、洗い物はあまり好きではない。
それでも料理をするうえでは片付けまでやってこそ、というより一人暮らしの身で自分がやらなければ他に誰がやる、という話であって。

ゴム手袋をつければいいだけの話ではある。
けれど、どうにもあの感覚が好きでない。
汚れがしっかり落ちているのか分からないし、皿を取り落としそうになったことが何度もある。
それならば手早く済ませてしまえばいい、と素手でお湯を使って行うけれど、このお湯がなかなか厄介。
手が冷たくなることはないけれど、洗剤の効果も相まって手の油分がどんどん奪われていく。
洗い物が終わるとカサカサどころの話ではない。
ガサガサである。
今日も今日とて水分も油分も奪われてしまった指先に潤いを戻すべく、お気に入りのハンドクリームを手に取った。



「ただいま」
「サクラ、おかえり」
「外、かなり冷えてきたよ」
「お疲れ様〜。うわ、ホントだ。すっごい冷たい」



半同居状態の彼が帰宅を告げて、玄関まで出迎えれば鼻の頭と耳を赤くしたサクラが防寒具を脱ぎながら身体を縮こまらせている姿が目に入った。
コート類を受け取ってハンガーに掛けていれば、冷え切った指先を頬に当てられる。
確かに、冷たい。
ピアニストがこんなに手を冷やしてしまって大丈夫なのだろうか。
せめて少しでも温もりが戻るように、と手を重ねようとして思い出した。
自分の手は今、ひどく潤いが不足している。
いくら何でもこの状態の手を晒してしまっていいのか。
そんなことを考えていたら、急に動きの止まった私を不思議に思ったのか、サクラが少し心配そうに顔を覗き込んできた。



「桜月?どうかした……?」
「あ、ごめん」
「僕こそごめん、冷たかったよね」
「いや、そうじゃなくて……!」



申し訳なさそうに離れていく手を思わず捕まえてしまう。
あぁ、もう。そんな顔されるくらいなら、私の手の潤いなんて気にしなければ良かった。



「そうじゃなくてね……今、洗い物終わってすぐで、お湯で洗ったから手がめちゃめちゃガサガサしてるから、ちょっと申し訳ないっていうか……!」
「何だ、そういうこと」



柔らかく笑ったサクラが少し安心したようにぽつりと呟いた後で、水分も油分も失われた私の両手をその大きな手でゆっくりと包み込んだ。
冷え切ってしまった彼の手に私の手の温もりが少しずつ移っていく。
彼の指先がじんわりと温かくなった頃、黙ったままだった彼がようやく口を開いた。



「僕だって毎日消毒液とか使っててガサガサだよ」
「サクラはお仕事頑張ってる手でしょ?」
「桜月だって仕事して家事して、って頑張ってる手だと思うよ?」
「……それは、」
「僕は好きだけどな」



柔らかな、ふんわりとした笑顔で私のカサついた指に口づけられれば、何だかそんなこともどうでも良くなってしまう。
本当に、人タラシなことばかりで。



「……狡い」



そんなことを言われたらそれ以上何も言えなくなってしまうのはきっと彼も分かっているはず。
どうしようもなくてニコニコと笑う彼の肩に顔を埋めれば、ごめんごめん、とあまりそうは思っていなさそうな彼の謝罪が聞こえた。



「お風呂の後で、二人でハンドクリーム付けようね」
「じゃあ桜月の手には僕が塗ってあげる」
「……お願いします」



お風呂上がり、二人でボディクリームを付けて。
これで肌を傷つけなくて済むね、なんて彼の手が妖しくルームウェアの中に忍び込んで来たのはまた別なお話。


*潤いをあなたに*
(僕が想像してたハンドクリームとちょっと違ったのは残念だった)
(何が?)
(いや、こう……可愛いパッケージでいい匂いがするやつで)
(ここまでガサガサだとそんなのでは太刀打ちできないのよ。夜寝る前はやっぱり薬効成分が入ってる……ハンドクリームっていうかほぼ薬みたいなのじゃないと)
(そっか、うん……そうだね)
(そんなに残念がらないでよ……)


fin...


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