コウノドリ

□自信はどこから
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「四宮先生、」
「何だ」
「ちょっとお時間いいですか?」
「内容による」
「このカルテのここの部分なんですけど……」



後輩の高宮、僕の彼女は勉強熱心だ。
カルテの書き方で四宮以上に丁寧に書いている人間はいない、と何かの折に触れたことがあって。
それ以来、ちょくちょく四宮に質問している姿をよく見かける。
いや、別に羨ましいとか妬ましいとか、そういう感情は決してなくて。
これは言い訳ではなく、本当に心の底からそう思っている。

四宮も四宮で、真剣な表情の桜月をぞんざいに扱うことなく丁寧に指導している。
それを吾郎くんに対してもやって欲しい、と思ってしまうのはいけないことだろうか。



「なるほど……ありがとうございます」
「あぁ」



そもそも彼女は自分の技術に自信がないように見える。
一人前になってからはもう随分経つのに、決して自分の力を過信しない。
それは産科医だけでなく、医師として大切なことではあるけれども、彼女の場合はもう少し自信をもってもいいように感じる。



「高宮」
「はい」
「午後から羊水検査入ってるね」
「……はい、」
「うん?どうした?」
「……少し、不安でして」
「うーん……もうそろそろ一人で大丈夫だと思うよ?」



彼女が後期研修医を卒業してから羊水検査は何度か行ってきた。
初めのうちは僕か四宮が立ち会いのうえで行っていたけれど、もうそろそろ独り立ちしても問題ない。
そもそもが優秀で、何事も慎重に事を進める彼女だ。
何か違和感があれば自分で気づくこともできるだろう。



「お前は自信がなさすぎるんだ。医者が自信なさげに処置してたら患者が不安になるだろ」
「…………ごもっともです」
「まぁまぁ四宮。慎重になることは悪いことじゃないよ」
「すみません、先生方。今日は一人で行ってみます。何かあればフォローお願いします」



僕と四宮の間に流れかけた不穏な空気を察知したのか、勢いよく立ち上がった彼女が深く頭を下げて医局を飛び出していった。
一瞬呆気に取られたけれど、四宮と目が合って軽く肩を竦める。
四宮の言い分も分かる。
僕らはどんなに不安でも、それを顔には出さない。
目の前の患者が決して不安にならないように。

彼女もポーカーフェイスは上手いけれど、どうにも纏う空気が彼女の内面を物語ってしまうことが多くて。



「アイツの、緊急時以外の自信のなさはどうにかならないのか」
「それは……最近の僕の悩みどころだよ」



緊急の帝王切開や咄嗟の判断に迷いはなくて、 淀みなく的確に、看護師や助産師達に指示を出している。
僕が彼女の年齢の頃には間違いなく彼女のような動きはできなかった。
小松さんにも『あの頃の鴻鳥先生に桜月先生の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいわ〜』と言われたくらいで。

それなのに予定帝王切開やこうした検査の類になるとどうにも弱い。
もっと自信をもっていいはずなのに。
どうしたもんかな、と思わず口から零れた呟きに同期からの返事はなかった。










































結局、その日の午後に彼女が担当した羊水検査は滞りなく終了した、と介助をした小松さんから報告を受けたのは夕方のこと。
その後でちょっと話があるんだけどいい?と連れてこられたのは外来が終わった診察室。
話の内容は何となく検討がついていたけれど、小松さんの口から出て来た初めの言葉は『桜月先生なんだけどさ』だった。



「あの子、どうしたらいい?」
「それは……僕も最近ずっと考えてます」
「私が思うくらいだから鴻鳥先生はもっとずーっと考えてるよね」



最近の外来診療は 桜月と小松さんがセットになることが多い。
助産師達は常日頃からたくさんのフォローを入れてくれるが、やはり亀の甲より年の劫。
小松さんは経験豊富な分、頼りになる。

その分、我々医者のこともよく見ている訳で。
彼女の小さな違和感に一番に気づいたのはやはり小松さんだった。



「鴻鳥先生は知らないかもだけどさ」
「何ですか?」
「外来始まる前に 桜月先生ってお祈りみたいなことするんだよ」
「お祈り……?」



それは初耳だ。
彼女自身『日本人らしく無宗教、というか多宗教なんです』と笑って話していたことがあったけれど。
そんな習慣があったなんて知らなかった。
研修医時代は一緒に外来に入ったこともあったが、後期研修医を卒業してからはそんなこともなくなって、最近は彼女がどんな診察をしているか気にすることもなくなっていた。
患者さんからの評判はいいし、たまに助産師達から診察に時間がかかり過ぎと言われている姿は見るけれど僕から注意してくれと頼まれるようなことは何もない。



「私も何言ってるかまでは分からないんだけどね。お祈りっていうか……何か自分に言い聞かせるようにしてぶつぶつ言った後で外来始めるんだよ」
「そう、ですか……」
「それが何か関係あるかどうかは分かんないけど、ちょっと気にしてあげてよ」
「それは、勿論」
「まぁそうだよね〜、 桜月先生は大事な彼女だもんね〜」
「小松さん……」



どんな時でも茶化すことを忘れないこの人にはどうにも敵わない気がする。
小松さんのこの雰囲気はどんなに難しい空気も和やかにさせてくれる。
それはやはりこの人のもつ、大きな包容力がなせる業なのだろう。
僕自身、何度この人に助けてもらったか。


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