コウノドリ

□BABYのみぞ知る
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「何で僕が当直の時ばっかりライブなんだろ……」
「私もだよ!産科にいる時からずっと!!」



産科医局のソファで愚痴を零しているのは同期の加江と後輩の吾郎くん。
BABYのライブの日は二人共、当直が入っていることが多い。
というより、ほとんどそうであって。

……彼がBABYなのだから、仕方のないことではあるのだけれども。
常々ファンだと豪語している二人にとっては何とも酷な話ではある。



「高宮先生!」
「……どうかした?」



加江と吾郎くんの騒ぎから逃れる為、自分のデスクでカルテを纏めていた私は後輩に呼ばれて、ゆっくりと椅子を回して振り返る。
どうかした、なんて聞かなくても次に続く言葉は分かっている。
これまでも何度か言われてきた。



「当直代わってください!」
「えー……と、」



同様に自分のデスク、私の隣の席で医学書を広げている鴻鳥先生に一瞬視線を向けた後で苦く笑って、



「うーん……代わってあげたいけどごめんね、今日は予定が入ってる」
「僕、このままライブ見に行けないのかな……」
「ちょっと、吾郎!何、図々しく桜月にシフト代わってもらおうとしてんのよ!」
「だって鴻鳥先生はオンコールだし、四宮先生にはお願いできないし、倉崎先生はお子さんいるし……高宮先生しか頼める人いないじゃないですか!」



尤もな意見である。
吾郎くんが四宮先生にシフト代わってくださいなんて言えるはずもないし、倉崎先生は小さいお子さんがいるので急なシフト交代はお願いできない。
オンコールの鴻鳥先生に代わってもらうという選択肢もあるけれど、そうなるとBABYのライブは中止。
これはまぁ彼らの預かり知らぬところではあるけれど。

そうなると消去法で私にお鉢が回ってくるのは必然。
けれど申し訳ないけれど私とて今日はシフトを代わってあげることは難しい。



「じゃあ僕は帰ろうかな。
下屋、お前もそろそろ救命帰れよ」
「えっ、あっ?もうこんな時間?!」
「高宮」
「はい」
「また後で」
「あっ……はい」



帰り支度をして席を立つ鴻鳥先生。
わざとらしく『また後で』なんて言葉を言い残して医局を後にした。
『そういうことかー!』なんて吾郎くんが大騒ぎしている姿を尻目に私もパソコンの電源を落として、そそくさと帰り支度をする。



「ごめんね、後よろしく」
「お疲れ様でしたー!鴻鳥先生によろしくでーす!」



やけになっている後輩に見送られて医局を後にする。
急いで着替えて通用口から出れば、予想通りの彼の姿。
どこか楽しそうに見えるのは私の気のせいではないはず。



「お疲れ様」
「………お疲れ様です」
「あれ、ご機嫌斜め?」
「サクラさんが、あんなこと言うから」
「アハハッ、ごめんごめん」



隣に並べば自然と指を絡められて駅へ続く道に足を向ける。
そう、今日はBABYのライブ。
私も用事がない日はライブハウスを訪れるし、ライブの時は極力予定を入れないようにしている。
それを分かっているはずのサクラさんがどうしてわざとらしい言い方をしたのか。
歩きながらそう問いかければ、



「だって桜月、あのままだと吾郎くんとシフト代わってあげちゃいそうだったけら」



なんて、悪びれた様子もなく言い放つ。
今日はそんなつもりはなかったけれど、自分の当直の日ばかりライブがあるというのはファンとしてはショックだろう。
CDを全て買い揃えて、ライブ告知がある度に一喜一憂して、私にはあれほど情熱を捧げられるものはないから。
熱中できる趣味があるというのは、ある種羨ましくも思う。



「初めのうちは知り合いが来るとバレる可能性があるから、と思って下屋とか吾郎くんの当直の日にぶつけてたんだけどね」
「あぁ、まぁ確かに……」



産科医・鴻鳥サクラが天才ジャズピアニスト・BABYであることはトップシークレットで、その事実を知っている人物は限られている。
秘密を守る為には事実を知る人間の数は少ないに越したことはない。
それにBABYのファンである加江や吾郎くんがその秘密を知ったら、どんな騒ぎになるか。
……あまり想像はしたくないものだ。



「下屋や吾郎くんに向けて弾くより、桜月に向けて弾くピアノの方が楽しいじゃない?」
「っ、……またそういうことを……」
「事実だよ?」
「私じゃなくてお客さんに向けて弾いてください!」
「やだなぁ、僕のピアノは基本的に自分の感情の赴くままに弾くから、桜月がいる時は桜月にしか向かないよ?」



嬉しいような恥ずかしいような。
相変わらずストレートな表現に返す言葉が見つからない。
いつでもこうやって彼の手の上で転がされている気がする。
小さく溜め息を吐けば、斜め上から楽しそうに笑う声。



「……何ですか」
「ん?可愛いなぁ、と思って」
「可愛くないです」
「ここが外じゃなかったらキスしたいくらいには可愛いよ」



あぁ、もう本当に。
彼の言葉に一喜一憂してしまう辺り、私は彼に熱を上げているらしい。
付き合い始めてだいぶ経つというのに彼の言動には未だに慣れない。
寧ろ慣れることなどあるのだろうか。



「……今度、せめて吾郎くんがオンコールの日にライブしてあげてください」
「考えておくよ」



本気かどうか分からない返事に、また一つ溜め息が漏れた。
後輩のライブに行きたいという願いはどうやらしばらく叶わないようだ。


*BABYのみぞ知る*
(いやぁ、やっぱり桜月さんがいると音が違いますね〜)
(ほら、賢ちゃんもこう言ってる)
(キラッキラしてて甘々ですよ)
(うん、やっぱり桜月がいた方がいいよ)
((ごめん、吾郎くん……))


fin...


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