コウノドリ

□暗号
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「あっれー……スマホどこ行った?」
「桜月先生、また〜?」
「うーん、さっきまでデスクの上に置いてたんだけど……サクラー、ちょっと私のスマホ鳴らしてー?」
「僕、手が離せないから自分でやりなよ」
「んー」



同期のコイツがスマホを見失うことなど、スマホよりも前、携帯電話の時代からよくあること。
その度にサクラか俺に鳴らしてくれと頼んでくる。
最近、と言ってもサクラと桜月が付き合い始めてからは主にサクラのスマホを使うことがほとんどだが。

デスクのパソコンモニター越しに会話を聞いていて、何となくの違和感を覚えながらカルテの記入を続ける。
慣れた手つきでサクラのスマホを操作している桜月。
程なくして医局内で着信音が聞こえてきた。
音の出処は明らかに彼女のデスク。
大方、山積みになった書類の中に紛れ込んでしまったのだろう。
これもよく見る光景だ。



「あぁ、あったあった。サクラ、ありがと」
「うん」



自分のスマホを見つけてサクラから借りていたスマホをサクラのデスクに戻す桜月。
その光景の一部始終を見ていたらしい小松さんが訝しげな表情をしている。
眉間に皺がまた深くなりそうなレベルだ、と思うが口には出さない。



「ねぇ……鴻鳥先生、桜月先生?」
「はい」
「何です?」
「鴻鳥先生のスマホのパスワード、桜月先生知ってるの?」
「え?はい。サクラも私のパスコード知ってますよ?」



だって見られてマズいものなんてないし、とこともなげに話す桜月にサクラと俺以外の医局にいるスタッフが驚きの視線を注いだのが分かる。
お互いが恋愛に無頓着、というより昔からお互いしか見ていなかったのは知っている。
恋人より同期としての付き合いの方が長かったのだ。
今更着飾る必要がないというのも分かる。
それにしても、だ。



「え、鴻鳥先生……いいの?」
「別に隠すものもないですしね。
それに桜月のスマホが行方不明で僕のスマホを貸すのは三日に一度あるので、その度にパスコード入れて渡すのも面倒なので」
「……桜月先生、スマホ首から下げておきなよ」
「医局離れる時はちゃんと持ちますよ?」



それは当たり前だ、と咄嗟に言いそうになるがここで話に首を突っ込むのもまた面倒なことになりそうだと、これまでの経験から何となく察する。
黙って聞き流すのが一番だ。



「ほら、今更隠し事したってどうせサクラにはバレるし、別にいいかなーって思って」
「二人がそれでいいならいいんだけどね……ビックリしたわよ」
「そんなに驚くことです〜?え、真弓ちゃんとかたっくんさんのパスコード知らない?」
「知りませんよー。そこは個人情報です!」
「サクラ……私達、特殊らしいよ」
「へぇ〜」



何を今更。
コイツら、特に桜月の話には突っ込みどころしかない。
寧ろ自分が特殊でないと思っていたのかと思うほどだ。
……そう考えると、俺はよくコイツらに付き合ってきたものだ、と我ながら思う。



「春樹、今何か失礼なこと考えなかった?」
「……別に。お前、そろそろ回診だろ」
「あ、?ホントだ……行ってくる」



まだ物言いたげな表情をしていたが、仕事となれば話は別。
根が真面目なアイツは一瞬で切り替えて、先程見つけたスマホをポケットにしまってから病棟回診へと向かっていった。
その動きにつられて小松さんを初めとする、他の助産師や看護師達も各々仕事へと戻っていき、気づけば医局にはサクラと俺だけ。
互いにパソコンから目を離すことはなく、黙々と自分の仕事に没頭できる時間。



「ねぇ、四宮」
「……何だ」



前言撤回。
どうやら話の続きがあるらしい。
今日はカルテ整理の後で論文を書こうと思っていたが、この分だと仕事が捗らない可能性が高い。
手短に話せ、と予め釘を刺しておくがきっとサクラからこういう切り口で話し始める時は大概が桜月のことで、そして大概が長話になる。

これも長い付き合いの中で幾度となく経験したこと。



「僕、やりすぎかなぁ」
「……何がだ」
「ほら、桜月がスマホ捜索するのなんてよくあることだし、いちいちパスコード入れて渡すの面倒だから桜月にパスコード教えてるんだけどさ」
「それは、お前がいいならいいんじゃないのか」
「逆もあるかもしれないから、って桜月のスマホのパスコード教えてもらったのはやりすぎかなぁ」
「桜月が何とも思ってないならいいんじゃないか」



これは、面倒なスイッチが入っている。
何度となくこの状態のサクラは見てきた。
やはり桜月が絡むとコイツはどうにもポンコツになる。
今回の件はお互いが気にしていないのなら気に病む必要はない。
そもそも桜月は仕事外ではポーカーフェイスが上手くない。寧ろ下手な部類だ。
そんなアイツが人の機微に敏感なサクラに対して隠し事ができるはずもなく、スマホのパスコードをかけたくらいでどうこう出来る問題でもない。
そこを理解していない辺り、サクラも変に視野が狭くなっている。

……それは昔からそうか。
仕事中はアンテナ張って細部まで神経を尖らせているのに、互いのこととなると滅法鈍くなる。
それを見て何度イライラさせられたことか。



「そんなに気になるなら本人に聞け」
「……そうだよね、そうするよ」



それ以外の解決法はない。
そう断言すれば、気が進まない様子ではあるが帰ったら聞いてみる、と腰が引けた返事。
どうせ桜月のことだ。
『サクラ、気にしすぎ』と笑い飛ばすに違いない。
明日の朝一でその話を聞かされると思うと、知らず知らずのうちに溜め息が漏れていた。


*暗号*
(四宮〜、昨日帰ってから話したら桜月に気にしすぎって笑われたよ)
(……だろうな)
(やっぱり本人に聞いてみるのが一番だな)
(だからそうだと今まで何回言った?)
(アハハッ、ごめんごめん)
(……ったく、巻き込まれるこっちの身にもなれ)
(サクラと春樹、楽しそうね?)
(どこがだ)

fin...


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