コウノドリ

□何より甘いのは
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来客を告げるインターフォンが鳴る。
この部屋を訪れるのは兄姉か、職場の同僚か、恋人である彼か。
その中で今日約束をしているのは一人だけ。
カメラで確認すれば、予想通りの待ち人の姿。
『お待ちください』と伝えてから玄関まで小走りに向かう。

鍵とチェーンを外してドアを開ければ、愛しい人がそこにいた。



「お疲れ様です。早かったですね」
「そりゃ勿論、桜月が待ってるからね」
「……寒いので中にどうぞ」



この人は本当にこういうことばかり言う。
嬉しさ半分、恥ずかしさ半分。
きっといつまで経っても彼のストレートな表現に慣れることはないのだろう。
手洗いを終えた彼がひょいと顔を覗き込んできた。



「桜月?」
「あ、いえ……」
「うん?」
「え、と……荷物、多いですね」
「あぁ、これ?真弓ちゃん達から『義理チョコね!』って」
「なるほど……」



それにしては置いてある紙袋はやけに大きい気がする。
何となく察しがついているので深く突っ込んで聞かない方が穏やかでいられる気はする。
……が、気になった以上は確認しておかないと気が済まない質で。



「他の人からも貰いました?」
「……そういうところ、結構鋭いよね」



隠しておけるとも思ってなかったけど、と苦く笑うサクラさん。
定位置になったソファの右側に座り、置いてあった紙袋を手繰り寄せて中身を出していく。
出てくるのは綺麗にラッピングされた箱。
……既製品が多い、というかほぼ既製品?



「患者さんからね、『いつもお世話になってます』って渡されたのとか、新生児科のナース達から『高宮先生とどうぞ!』って貰ったのとか」
「え、」
「手作りの物も渡されたんだけど、それは桜月に悪いからってお断りさせてもらったよ」
「そ、うですか……」



手作りのは本命っぽかったし流石にね、と何てことのないように話すけれど。
新生児科にも知られているのか、と一瞬思ったものの、あそこには同期がいるし、小松さんにサクラさんとの関係を知られている以上、新生児科の面々が知らないはずがない。
当たり前と言えば当たり前か。
半ば諦めの境地で彼が貰ってきたというチョコを見れば、お酒入りだったり可愛らしいパッケージだったり、糖度低めのものもあったり。



「真弓ちゃんが小松さんと選んだみたいなんだけど、二人で食べるだろうから桜月先生好みのにしておきました、って」
「え、サクラさんがいただいたものですよね、?」
「うーん、真弓ちゃんが自分で言ってたからいいんじゃない?
というか僕としてはそろそろ桜月からのチョコが欲しいかな。
部屋に来た時から美味しそうな匂いがしてたし」
「あ……」
「うん?」
「い、今持ってきます!」



忘れていた訳ではないけれど、彼が貰って来たチョコの多さに驚いていたことは事実。
義理チョコであれ何であれ、彼がたくさんの人に信頼され、好かれているということが今日のバレンタインというイベントで改めて可視化された気がする。
いつだったか新生児科の同期が言っていたのを思い出す。

『産科のリーダーで患者さんからもスタッフからも信頼厚くて手術の腕はピカイチ』

……そんな人と付き合っている私は、彼と釣り合うのだろうか。
駆け出しのぺーぺーなのに不相応ではないか、と考えたことは何度もあった。
それでも彼の手を離すことができなかったのは私自身、どうしようもなくサクラさんが好きだから。

勿論、初めは先輩として尊敬の念を抱いていた。
それがいつしか尊敬とは別の感情に移行していたのはいつの頃からだったか。



「サクラさん」
「うん」
「その、ハッピーバレンタイン、です」
「アハッ……うん、ありがとう。
今日貰った中で一番嬉しい」



料理も製菓も嫌いではない。
特に製菓はレシピ通りに計量して作っていけば間違いなく美味しいものができる。
何を作るか色々悩んだけれど、お付き合いをするようになってから初めてのバレンタイン。
それなりにちゃんとしたものを作ろうと思い、ケーキの型なんて買ってみて。



「わ、チョコケーキ?」
「初めてのバレンタインなので、頑張ってみました」
「すごいすごい、食べてもいい?」
「え、今ですか?夕飯は……」



気持ちは嬉しいけれど、ケーキとは別に夕飯も用意してある。
そちらもバレンタインだから、といつもよりも手間暇かけて作ったもので。
いや、どうするかは彼が決めることではあるけれど。

そんなことをもごもごしながら伝えれば『じゃあ両方いただくよ』といつもの笑顔を返された。
強要してしまったのではないかと不安になるが、どうもそういう雰囲気は感じられない。
それならば急いで温めよう。
きっとお昼はいつものカップ焼きそばだったはず。
少しでも栄養のあるものを……そんな風に思うのはお節介かもしれないけれど。












































「うわ……すごいね、今日」
「作っていたら楽しくなってしまいまして……」
「いただきまーす」



ビーフシチューにコブサラダ、ブルスケッタ、ミートグラタンにチョコケーキ。
買い出し含めてほぼ一日がかりになってしまったけれど、久しぶりにしっかりと料理をして楽しかった。
それに嬉しそうに両手を合わせる彼の表情からしても頑張って作った甲斐はあったと思う。



「……美味しい。にんじん、ハートにしてくれたんだね」
「バレンタインなので……」
「愛されてるなぁ、僕」
「そ、れは……まぁ……はい」
「本当にさ、桜月って変なところで照れるよね。
たまにこっちがびっくりするくらい大胆なことするのに」



それはそれで可愛いけど、なんて彼が恥ずかしげもなく言うからこちらの方が恥ずかしくなってしまう。
自分でも彼の半分でもいいから素直になれたらいいのに、とは思うけれど言葉を口にする前に考え込んでしまって結局言わずに終わってしまうのは昔からの悪い癖。
仕事ならいくらでも言葉を紡ぐことができるのに、プライベートになるとどうしても自分で枷をかけてしまう。



「桜月?」
「すみません……」
「うん?」
「サクラさんはいつも思っていることをたくさん言葉にしてくれるのに。
私はいつもこんな……」
「はい、ストップ。せっかくのバレンタインなのにネガティブは駄目だよ」
「……すみません、」



並んでソファに座っていたけれど、開いていたスペースがいつの間にか詰められて、気づけば肩を抱かれている。
ふと顔を上げればいつも以上に優しい表情のサクラさんがそこにいた。
その表情に心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。
息苦しくて言葉を紡げずにいたら、唇に触れるだけの優しいキスが落とされる。



「まぁ確かに桜月はプライベートだと変に黙ったりツンデレのツンが多かったりするけどね。
あ、ツンデレは標準装備だから仕事中もか」
「…………」
「でも目は口ほどに物を言う、って言うだろ?」
「はぁ……、?」



確かにそんな諺はあるけれど、それが今の話と何の関係があるのだろうか。
彼の意図が掴めなくて首を傾げれば、ふっと笑った彼からもう一度口付けられる。



「桜月が僕のこと大好きなのは言葉にしなくても見れば分かる、ってこと」
「え、……」
「まぁ、たまには言って欲しいけどさ。
小松さんの誘い断って休み一日潰して料理作ってくれたり、自分は苦手なのにチョコケーキまで用意してくれたり?
それに僕の前ではすっごく可愛い顔するしね?」
「……可愛くは、ないです」
「ほら、その照れた顔も可愛い」



今日何度目かの口付けが額に、頬に、唇に落とされる。
恥ずかしくて目を細めれば、



「僕のこと大好き、って顔してる」
「それはっ…………否定しません」
「うーん、それはそれでいいけど」



バレンタインだからもう一声、と笑ったまま額に額を合わせられる。
吐息が感じられるほどの距離。
フォーカスが合わないほどの至近距離に思わず腰を引きそうになるけれど、もはや彼にはその行為すらもお見通しだったようで、その意外と力強い腕でがっちりと押さえられてしまっていた。
この細身の身体のどこにこんな力があるというのか。



「っ、……」
「ねぇ、桜月?」
「……はい」
「そうじゃなくて、今日くらい言ってよ」
「サクラ、さん……」
「うん」
「……好き、大好きです」
「うん、僕も」



子どものような愛の言葉。
それでも彼は嬉しそうに笑ってくれて。
その笑顔に心臓が一層跳ねたのは、きっと彼にはお見通し。


*彼の存在そのもの*
(じゃあケーキいただこうかな)
(あ、ぜひ)
(せっかくだから『はい、あーん』ってしてもらおうかな)
(、えっ)
(ホワイトデーは僕がするからさ、駄目?)
(……分かりました、バレンタインですもんね)
((嫌がると思ったら……変なところで素直なんだよなぁ))

fin...


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