コウノドリ2

□ご利用は計画的に
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今日はお互いに日勤で、仕事が終わってから彼女の部屋にお邪魔する予定だった。
でも、病院を出る直前に彼女の担当の患者さんがお腹の張りを訴えて来院したため、帰り道を一人で歩いている。
僕も残るつもりでいたけれど『せっかく上がれるのにお待たせするのは申し訳ないので』と断られてしまい今に至る。
こちらとしては彼女がいないのであれば意味がないけれど、ナースに呼ばれて病院内に駆け戻っていった背中を追いかけて捕まえてまでそのことを伝えることはできなくて。

彼女の腕を信用していない訳でもない。
もうすっかり一人前の医者だし、研修医時代から彼女は優秀で何の心配もしていない。
ただ、僕が彼女の側にいたいだけ。

そんな子どもじみた気持ちを今の彼女にぶつける訳にもいかず、歩き慣れた道を一人寂しい気持ちを抱えながら歩く。
そうだ、今日は彼女の部屋に行く予定だった。
家主の帰宅は多少遅くはなるかもしれないけれど、先にお邪魔させてもらうのも悪くない。
彼女のように食事を用意することはできないからどこかで食べるものを買って行こう。
家事はできなくてもお風呂の掃除くらいはできる。
いつも彼女にしてもらってばかりだから、今日くらい僕がやってあげたいと思ってもバチは当たらないはず。
そう考えると何だか楽しくなってきて、スーパーへと足を伸ばすことにした。
以前彼女が言っていた『私がやりたくてやっているんです』という言葉。
今になってようやく分かった気がする。































スーパーで彼女の好きなお酒とおつまみと、ついでに自分の分の酒とつまみをカゴに入れて会計を済ませる。
もしかしたら帰って来た彼女が何か作ると言うかもしれないけれど、仕事で疲れているはずの彼女をキッチンに立たせるのは申し訳がない。
気にしないと言いそうな気もする。
勿論、彼女の手料理は好きだし、食べたいか食べたくないかで言ったら当然前者だけれども。
そんなことよりも今は彼女と並んでゆっくりお酒を飲んで、彼女に触れたい。
高級レストランのフルコースも、満漢全席も、彼女がいなかったら意味がない。







彼女の部屋に着いて、勝手知ったる我が家のように冷蔵庫を開ける。
自室とは違って食材豊富で作り置きされたおかずも何品かある。
同じ仕事をしていて、忙しさは同じはずなのにどうして彼女と僕の冷蔵庫事情はこんなにも違うのだろうか。
そんなことを考えながら買ってきたアルコールの缶やつまみを空いているスペースへと入れる。



「これでよし、と」



誰に聞かせる訳でもない独り言を呟いて、冷蔵庫のドアを閉める。
さて、次はお風呂の掃除だ。
先に入るか軽く食べてからにするか、どちらを選択するにしても掃除をしておいて損はないはず。
彼女と付き合う前は湯船に浸かるなんて滅多にしなかった。
帰宅時間も大概遅かったし、シャワーだけ浴びてベッドに潜り込むことがほとんどで。
凝り固まった体が芯から温まることはなく、疲れが蓄積されていくだけ。

彼女と付き合うようになってからそんな話をしたら『医者の不養生とはこのことですね』と苦笑いを浮かべられた。
全くもってその通り。



「ん……?」



浴室の電気を点けると型ガラス越しに何かぼんやりとぶら下がっているのが見える。
もしかして浴室乾燥機で何か干していたのだろうか。
女性の一人暮らしだから様々な対策を取っていて、その内の一つで下着類は外に干さないようにしていると言っていた。
恥ずかしがり屋の彼女のことだ。
僕が下着を取り込んで畳むなんてしたら真っ赤になって隠れてしまうだろう。
それはそれで可愛いけれど、今日はできれば普通に彼女と触れ合いたい。
極力見ないフリをして、そっと寝室に運んでおこう。
多少目に入ってしまうのは不可抗力として目を瞑ってもらうことにしよう。

そんな考えを巡らせながら浴室の扉を開く。



「……え、」



極力見ないように、それでも洗濯ピンチハンガーの場所の確認のために吊るされているであろう物にちらりと視線を向ければ、
これまで見たことのないような、
彼女の物とは思えないような、
ここは本当に彼女の部屋で、干されている物は本当に彼女の物かと疑うような、

所謂、勝負下着の部類……と言っても下品な物ではなく彼女が身に着けたらきっと可愛いというか、彼女の色気が引き立つような……
何を考えているんだ、僕は。

邪な考えに首を振り、見ないフリをしながらピンチハンガーごと物干し竿から布面積の少ない下着を取り外す。
別に彼女がどんな下着を付けようと僕には関係がない……いや、ないということはない。少なからずとも関係はある。
それにしたってこれまでの彼女の付けていた下着とは系統が違う。
僕の知る限りもう少し布が多いというか、もう少し防御力が高いというか。
レースももっと控えめで、こんなにごてごてしていない物……何と表現したらいいのだろう。
仕事柄、別に何とも思うものでもないのだけれども、彼女の物はまた特別で。



「いや、見過ぎだろ」



決して疚しい気持ちがないとは言わない。
それでも先程まではそういう気持ちは皆無に等しくて。
ただ純粋に彼女の帰りを待って、僕以上に疲れて帰って来るはずの彼女を癒すためにお風呂の掃除をしようと思っていただけなのに。

どうしてこうなってしまったのか。
誰に聞かせる訳でもなく自分自身にツッコミを入れてしまった。


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