コウノドリ2

□君のミカタ
1ページ/3ページ


「え、桜月が?」
『そうなのよ、ちょっと……色々大変な患者さんに当たっちゃって……見かけは平気そうにしてるけど、あれは相当キてるね』
「そうですか……」



学会参加や研修のため一週間ほど病院を離れていた。
そうなると必然的に彼女とも離れる訳で。
彼女とは業務連絡も兼ねて毎日電話はしていたけれど、小松さんから連絡をもらうまでそんなことになっているなんてまるで気づかなかった。



『外来も回診も完璧なんだけどさ……完璧過ぎて逆に怖い』
「……分かりました」
『鴻鳥先生、明日には戻るんだよね?』
「えぇ、明日の夕方には」
『じゃあ桜月先生のこと、頼んだよ』
「連絡ありがとうございます、おやすみなさい」



電話を終了した後、通話履歴で今通話していた先輩のすぐ下の名前をタップして番号を開く。
少し迷った後で彼女が今日は当直だったことを思い出してそのままスマホの画面を消す。
何より彼女の性格を考えれば電話越しに何かと問い詰めたところで素直に答えるはずもない。
それならば一分でも一秒でも早く戻って彼女を抱き締めることにすればいい。

そんなことに思いを巡らせながら明日、彼女の元へと帰る準備を始めることにした。







































学会も無事に終わり、帰路に着いた。
最寄り駅に着いたのは夕方の外来が終わった時間。
小松さんや助産師達から頼まれていた大量の土産類を一度病院に置いてからマンションに帰ろうと思い、病院へと足を向ける。
一週間離れただけなのにやけに久しく感じる建物の前に来たところで胸ポケットに入れていたスマホが震えたのが分かった。
土産を入れた袋を抱え直してからスマホを取り出して表示を見れば、昨日電話したばかりの先輩助産師からの着信。
おや、と思いながら応答をスワイプしてスマホを耳に当てる。



「もしもし、小松さん?」
『鴻鳥先生?今どこ?』
「え、今ですか?病院の前に着いたところですけど……」
『ナイスタイミング!そのまま宿直室に来て!誰にも見つからないように!』
「誰にも、って……そんな無茶な……」
『いいから、とにかく早く!』



どこか焦ったような口調に違和感を覚えながら、言われた通り人の目に付かないようなルートで宿直室へと向かう。
両手に紙袋を持ったまま、控えめに宿直室のドアをノックすれば目の前に見慣れたお団子が現れた。
こちらが口を開く前に辺りを見渡して中へと引き込まれる。
一体、さっきから何なんだ。
流石に状況を説明してほしい、と言葉にする前に目に飛び込んできた光景。



「桜月……?!」
「しっ、さっきまでうなされてたから」



宿直室のベッドの上。
そこには一週間前、小松さん達と一緒にお土産はどれがいいとか、寧ろ帰って来るまでお土産が待てないから着いたその日に送ってほしいとか好き勝手言っていた彼女の姿。
しかし、僕を元気に見送ってくれたあの時の彼女の面影はそこにはなく。
たった一週間離れただけだというのに嫌に窶れて、顔色がかなり悪い。

……そもそも昨日当直だったはずの彼女がどうして今こうして宿直室で、明らかに様子がおかしい状態で横になっているのか。
ベッドサイドまで行けば、目の下の隈が色濃く鎮座しているのがよく分かる。
背後で扉が開かれた音が耳に届いて振り返れば上司と、僕と彼女をよく知る同期が静かに宿直室へと入ってきた。



「今橋先生、四宮……」
「おかえり、鴻鳥先生。疲れてるところ悪いね」
「いえ……これは一体、」



彼女のこの状況を確認すべく問いかけを口にすれば、今橋先生、四宮、そして小松さんの間で目配せが為されたのが分かる。
僕がいない、この一週間で何があったというのだろうか。
小さく息を吐いた四宮と、まっすぐに視線が交差する。



「一週間前……サクラが学会に向かった日、初期流産を起こした患者がいた」
「初期流産、?」
「よくあること、で済ませるつもりはないけど……その患者さんは化学流産だったんだ」



化学流産となると早い段階に妊娠検査薬で妊娠が確認できたものの胎嚢が確認できずに流産していた、というもの。
妊娠を待ち望んでいるからこそフライングで検査をしたが、妊娠に至らず流産してしまった、という事例は少なくない。

それが、桜月の状況と何の因果があるのだろうか。



「ずっと妊娠を待ち望んでいたご夫婦でね、検査薬が陽性で喜んで病院に来たんだけど……化学流産を起こしてたんだ。
奥さんは残念がってたけど納得してくれて……ただご主人の方が、受け止めきれなくて」
「初めは高宮先生が対応していたんだけど、だんだん高宮先生を追い詰めるような形になっていって……」



小松さんが、言う。
桜月が、私が対応するから大丈夫、四宮や今橋先生には事が済んでから報告するから、と言って昼夜問わずかかってくる電話も突然の来訪も全て丁寧に対応していた、と。
勿論、小松さんとて桜月の言葉をそのままに受け取ることはなく、都度状況を今橋先生と四宮に報告をしていたという。
二人も桜月の意思を尊重するつもりでいたけれど、日に日に顔色も表情も悪くなっていく彼女を見て居られなくなった矢先。
当直明けの彼女のところにまた訪れた患者のご主人。
何度目かの対応を終えて帰られた後で糸が切れたように意識を失い、人目に付かないよう宿直室に運び込まれて今に至る。



「昨日、電話でも話したけど……外来も、回診も、緊急の帝王切開も、勿論普通のお産も、全部が完璧で」
「普段溜め込みまくってる書類も綺麗に片付いてる」
「小松さんから話を聞いていたから僕も何度か高宮先生に声をかけたんだけど……」
「きっと『大丈夫です』としか言わなかったんですよね」
「サクラ、コイツを何とかしろ。
例の患者の家族は俺と今橋先生で対応する」
「……うん、頼んだよ」



宿直室の中にいる全員を見渡した後で来た時と同じように人目を避けながら彼女を通用口から連れ出して、一週間ぶりの我が家へとタクシーを走らせた。


_
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ