コウノドリ2

□紹介します
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「ねぇ、桜月先生?」
「はい……?」
「何か面白い話ない?」
「…………それ、私に求めますか?」



外来を終えて医局に入ろうとしてドアノブに手をかけたところで中から聞こえてきた会話。
中にいるのは声からして小松さんと桜月。
小松さんの言葉に便乗してくる声が聞こえないことを考えるとおそらく二人だけなんだろう。
今日は病棟回診担当だった桜月と、最近彼女とよくペアを組む小松さん。

最後の言葉は彼女の心の底からの本音だろう。
元々感情の起伏が少ないように見える彼女に面白い話題を提供しろ、というのはなかなか酷な話ではないだろうか。
助け舟を出そうか、なんて考えていたら何か思い出したのか思いついたのかは分からないが『あ、』と彼女が声を上げた。



「私の話、というよりは鴻鳥先生の話でもいいですか」
「惚気か?それは惚気話なのか?」
「いえ、惚気ではないですけど」



声色が明るくなった。
きっと柔らかい笑みを浮かべているのだろう。
顔を見なくても彼女の表情が分かるくらいには彼女のことを知っているつもりだ。
……それにしても、僕の面白い話なんて……何かあっただろうか。

そんなことを思い浮かべているうちに数拍の間の後、彼女がゆっくりと話を始めた。






































この前の休みの日、珍しく兄と休みが合ったので姉の家に遊びに行ってきた。
姉は今、育児休業中で連絡をすれば予定も入っていないし、最近顔を合わせていなかったから是非に、と快い返事をもらえた。

それならば、と前に姉と出かけた時に買った服を初めて下ろして少し伸びた髪を緩く編み込んでまとめて。
最寄り駅で兄と待ち合わせをしてから姉の家へと向かうことにした。

姉の家に行くのは久しぶりだけれども、兄と会うのは更に久しぶり。
現役外科医の兄は産科医の私同様に非常に多忙な日々を送っている。
私が医者になってから休みが合うことなんて滅多になく、兄姉と三人で会うなんていつぶりだろう。
どうやらそう考えていたのは兄も同じだったようで会って早々から頭をもみくちゃに撫で回された。



「ちょっと、止めてよ」
「遠慮するな。久しぶりに会ったんだから存分に甘えてくれ」
「……お兄ちゃんのそういうとこ、たまに暑苦しい」
「俺は桜月のそういうツンデレなところが好きだぞ?」



なんて、軽口を叩き合いながら姉の家へと足を向ける。
姉と私は意外と近くに住んでいて、兄だけが少し離れた……と言っても三駅離れた場所のマンションに住んでいる。

軽い近況報告をしながら歩く。
最近は病院と自分かサクラさんのマンションの往復ばかりだったから、これも運動不足解消になっていいのかも。
そんなことを考えながら兄の仕事の話を聞いていたら、誰かに見られているような……視線、?



「桜月、どうした?」
「何か……視線を感じたような……?」
「今日の桜月は殊更可愛いからな、視線も集まるだろう」
「……本当にそういうの止めて」



気の所為、か。
首の辺りがヒリヒリするような感覚を無視して、目前になった姉のマンションを目指す。
兄の気まぐれか若干の遠回りをしているけれど、これはこれで楽しい気もする。

もう、あと数十mという辺りで突然兄が立ち止まる。
ここまで来て何か忘れ物だろうか、と兄を見上げればサクラさんと同じくらいの身長だということに今更気づいた。



「……お兄ちゃん、?」
「気の所為ではないようだ」
「何が?」



くるりと向きを変えて、来た道を戻る兄。
何事かと思えば電信柱の陰に隠れている人影にまっすぐに向かっていく。

まさか、尾けられていた?
一体誰が?何の目的で?
というか兄はそのまま向かって行ったけれど大丈夫なんだろうか。
慌てて兄の後を追おうとすれば後ろ手に動きを制される。



「お兄ちゃんっ……」
「どちら様でしょうか。
先程からずっと我々の後を尾けていらっしゃるようですが何かご用でも?」



丁寧なようで兄を知る人間からすると背筋が凍るような声色。
普段の兄からは想像もできない。
遠回りしていたのは誰かに尾けられていたことに確信をもつためだったようだ。

兄と同じくらいの身長の男性ということは分かるけれど、姿がよく見えない。
何かと質問を重ねている兄の後ろからそっと兄と対峙している人の顔を覗けば、



「サ、あ……こ、……ん?えーと……鴻鳥先生?」
「何だ、知り合いか?」



知り合いどころではなく、毎日顔を合わせている先輩。
……兼、私の彼氏。
先輩と彼氏、どちらを兼、と呼ぶかはこの際どうでもいい。

私達を尾けていたのは、サクラさん?
何故、どうして、そんな疑問が浮かんでは消える。
どこか気まずそうな表情の彼が頭を掻いた後で兄に向かって頭を下げた。



「初めまして、鴻鳥サクラと申します。
ペルソナ総合医療センターで産科医をしています」
「ペルソナ……あぁ、もしかして桜月の同僚……いや、先輩か?」



兄が振り返りながら問いかけて来たのに合わせて慌てて兄の隣に並ぶ。
困ったように笑うサクラさんと一瞬視線が絡まった後で、彼の視線はまた兄へと向けられた。



「あ、鴻鳥先生。こちら、私の兄です」
「お兄、さん?」
「妹がいつもお世話になっております。
桜月の兄の高宮蘇芳(すおう)と申します」



先程とは打って変わって穏やかな笑みを見せて頭を深く下げる兄。
何だろう、この組み合わせ……いずれ相まみえる日が来るとは思っていたけれど、まさかそれが今日突然叶うことになるなんて思ってもみなかった。

……というか、どうしてサクラさんが私達の後を尾けていたんだろうか。
そう思ったのは兄も同じだったようで、何気ない会話をしながら真っすぐにサクラさんを見据えている。



「ちょっと、遅いと思ったらこんなとこで何してるのよ」
「あ……お姉ちゃん、」



背後から声をかけられて兄と同じタイミングで振り返れば、私からすれば姪を抱っこ紐に入れて抱っこしながら仁王立ちをしている姉・菫の姿がそこにあった。
到着予定時間を大幅に過ぎても連絡が来ないので心配になって外に出て来たのだろう。
その表情は安堵と若干の怒りが混じっているように見える。



「おう、菫。今、桜月の先輩の鴻鳥先生に会ってな」
「先輩……コウノトリ……」



あ、マズい。
そう思った時には既に遅く。
少し驚きながらも納得したような表情でサクラさんから視線を私へと移した姉。
口を塞ぐより先に事もなげに大型爆弾を投下してくれた。



「もしかして前に話してた付き合ってる人、ってこの方?」
「お、姉ちゃん!」
「なに……?!」
「やだもう、連れて来るならそう言ってよ〜。
二人だけだと思って大したもの用意してないわよ」



『ここで立ち話もね〜』と戸惑っている彼と兄をまとめてマンションへと引き込む姉。
きょうだいの中で一番強いのは姉だと思っていたけれど、まさかここでその実力が発揮されるとは。
こうなっては仕方がない、と腹を括って姉達の後を追いかけた。

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