コウノドリ2

□Sweet Valentine
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彼女と知り合ってから何度となく過ぎて去ってきた今日という日。
積年の思いがようやく叶って彼女と付き合うことになったけれど、彼女から手渡されたのはその他大勢と変わりのない『義理』という言葉がつくであろうチョコレート。
いや、一応同期のよしみで少しだけグレードは高いかもしれないけれど、それももう一人いる同期にも同じものが渡されているのは横目で見ている。
産科と新生児科の男性スタッフに『いつもありがとうございまーす』とまるでお土産でも配るようにしてチョコを配り終えた彼女は小児科病棟の子達に呼ばれているから、と昨夜小児科の子達用にラッピングしたチョコの入った大きな紙袋を両手にスタッフステーションを飛び出していった。



「……相変わらずだな、アイツは」
「アハハ、そう簡単には変わらないよね」
「サクラ」
「うん?」
「……いや、何でもない」



何か言いたげな同期の視線を気にしないフリをして躱してカルテを開いていたパソコンモニターへと視線を戻す。
付き合い始めたからと言って何ら変わった様子のない彼女は、ある意味で彼女らしいけれど。
それはそれでまた何とも寂しい気持ちもある。
思いが通じ合うまではただ隣にいて笑っていてくれるだけで良かったのに。
人間とは本当に欲深い生き物だ。



「そういえば、」
「え?」
「今日の桜月の当直、代わってやったから貸し一つな」
「、え?」
「シフト、希望出すの忘れたって言われて代わってやったんだ。
お前にも関わることだろうからそれぞれ貸しにしといてやる」
「……そう、だったんだ。ありがとう、?」



当直でないということは普通に帰る、ということなんだろうか。
そもそも四宮とシフト交代してもらったなんて聞いていない。
……いや、今ここで考えたところで彼女の考えが分かるはずもない。
それならば帰宅してからゆっくりと話を聞けばいいか、なんて思い直して三度パソコン画面へと向き合うことにした。



































「あ、おかえり〜」
「……ただいま」
「遅かったね」
「桜月が早すぎるんだと思うけど……」
「私、今日定時ジャストで上がったからね!」
「うん、知ってる……」



四宮との会話が午後二時過ぎ辺りのこと。
その後、外来をこなして今日は何事もなく定時で帰れるかと帰り支度を始めたのがちょうど定時。
それよりも先に『お疲れ様ー!』と脱兎のごとく医局から出て行った桜月。
一緒に帰るつもりでいたのに、まさかそんな暴挙に出られるとは。
彼女を追いかけようと空を切った手が少し寂しく感じたのは僕の心の中にしまっておく。
どのみち同じ部屋に帰るのだから焦らなくてもいいかと気を取り直してジャケットを羽織ったところで、管理入院中だった担当患者が早剥による大出血で緊急帝王切開。
赤ちゃんはNICUでお世話をすることにはなるが母子共に健康で。
諸々落ち着いたところで帰路につくことができた。



「ご飯できてるから手洗っておいでよ」
「うん、ありがとう」



何一つ変わらない様子の彼女に出迎えられホッとしたような、今日の彼女の行動は何なのだろうかと疑問が浮かぶような。
食事の席で詳しく尋ねてみよう、と手洗いを済ませてキッチンへ。
配膳だけでも一緒にしようかと思ったけれど『いいからいいから』とテーブルへと押し戻される。



「ふふふー、今日は何の日ー?」
「……バレンタイン?」
「何でそこで疑問符がつくかなぁ」
「いや、桜月だから変化球が来るかと思って」
「流石にないです〜」



『と、言うことでハッピーバレンタイン』とやけに機嫌の良い声と共に目の前に置かれた一枚の皿。
上にはデミグラスソースのかかったハンバーグと付け合わせの野菜。



「ハートの形……」
「まぁ、ベタだけど……年一くらいならいいでしょ?」



そう言って笑った桜月は照れ隠しなのかキッチンへと駆けるようにして戻っていく。
またしても捉えられなかった手が虚しく空を切る。
『他のも出すから待っててね』と言ってテーブルに並べられたのはサラダにバゲット、コンソメスープ。
定時で帰って来たとしてもこれだけの量のメニューを作るのはなかなかに大変だっただろう。



「サクラ?」
「……ごめん」
「え、何が」
「今日、バレンタインだろ?
病院でもらったチョコ、四宮と同じでちょっとショック受けてたんだ」
「あぁー……ごめん、お菓子作りはちょっと自信がなくて」



そう言って笑いながら向かい側の席に座る桜月。
手にはシャンパンのボトルとグラスが二つ。
ポン、と音を立てて開けられたボトルから注がれる綺麗なゴールド。
それぞれのグラスに注がれたシャンパンの内の一つが差し出され、考える間もなく手に取る。
『乾杯』と言って僕の持つグラスにグラスを合わせる彼女。
その顔に浮かぶ笑みは病院では見られない、僕の前だけで浮かべるもので。



「ふふふ……」
「え、突然何。怖い」
「酷いな、それ。何か幸せだなぁって思って」
「こんなにできた彼女がいて幸せでしょー」
「それ、自分で言うんだ」
「サクラの心の声を代弁してみました」



なんてね、と悪戯っぽく笑う桜月。
その笑顔に見惚れて返事をすることを忘れていたら、沈黙をどう捉えたのかは定かではないけれど少し恥ずかしそうにグラスを傾けて食事を始めた。
積年の思いが通じ合った時は大袈裟だと思われるかもしれないが、ここまで生きていてよかったとすら思ったけれど、その思いは日に日に更新されていて。
日々積み重なっていく彼女への思いは留まるところを知らない。



「……うん、そうだね」
「ん?」
「桜月が彼女で良かった」
「っ、突然何?」
「え?だって桜月が言ってたことだし」
「そ、れはそうだけどっ……!」



自分で言うのはいいけれど、人から言われるのはダメらしい。
何とも彼女らしいとは思う。
恥ずかしさを隠す為か、先程とは違った角度でグラスを傾けて空にしてしまった桜月。
そんなにハイペースで大丈夫かとも思うけれど、今の一気飲みは間違いなく照れ隠し。
変なところで恥ずかしがり屋な彼女の真っ赤になった頬をつまみにシャンパンを楽しむのも悪くない。
そんなことを思いながらまずは彼女渾身の手料理をいただくことにした。


*Sweet Valentine*
(サクラ、チョコ食べようよ)
(え、小松さん達から貰ったチョコ?)
(違うって。私があげたチョコ)
(……うん?)
(美味しそうでさ、食べたかったんだよね〜)
(…………そうだよね、桜月ってそういう人だよね)

fin...


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