短編集

□春風
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春風になびくその姿を見て。
あの人は風なんだと思い知らされる。


太陽との反射で、眩しい姿。


草花は春を連れて来る春風の到来を喜んでいるのに、私には春風に触れることも、見ることも出来ない。

触れようと、少しでも触れようと私は歩みを速めた。
胸の奥から突き上げてくるように出てくるこの感情は、今日という朗らかな日には似合わないもので。

ただただ、切ない。

速めた歩みも、2,3歩で止まってしまった。
行きたいのに、足は鉛のように重い。


―追いつかなくちゃ。


そう思うだけで、なにをすればいいのかがわからない。

声を出して呼び止める。
なんとか思いついたもの。

でも、口を開いたら出てくるのは嗚咽だろう。
この感情を私は制御することは出来ないのだから。

苦しくて、息が出来ない。


―先生!!



「神谷さん?着いてきてますか??」

「…見えた」

振り向いた先生から、春風の色とりどりの温かい色が流れて見える。
その瞬間から酸素が体に入ってくる。

「??」

「いえ、なんでもありません」

そうか、春風って温かいんだ。
分かっていたことだけど、新発見。
自然と笑みがこぼれる。

いつか山南先生が、風の姿を現す草になりなさい。そう言っていたことを思い出す。


「今日の神谷さんはおかしいですよ。さぁ、いらっしゃい」

手を差し出して笑った顔が温かくて。
目に溜まっていた涙を、乱暴に袖で拭って1歩を踏み出した。
信じられないくらい足は軽くて。

2歩目からは走った。
今度は追いつけるから。
触れることが出来るから。


★終わり★
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