MAIN@

□アイスクリーム
1ページ/2ページ




 右のポケットには家の鍵、左のポケットには小銭。



 暖冬とはいえ、真夜中は寒い。
 謙信はため息をついて厚めのジャケットを羽織り、マフラーを巻くと靴をはくべく腰を下ろす。
 靴紐を結わえ、立ち上がるとふと振り返る。

 玄関先にしか明かりはつけていない。
 遠く台所あたりで冷蔵庫が唸る以外、物音も明かりもなく家中静まりかえっている。
 そんな眠りについたように息を潜めている家の中を見、ため息をまたついて謙信は玄関のドアを開けた。
 パタン、ガチャリという音すら淋しく響く。


 何かを蹴るようにいらついた足どりで、街頭がほのかに照らす道を歩く。
 時間が時間だけに、すれちがう人はいない。
 時折車とだけすれちがう。
 暗がりの塀の上では猫の目がランプのように光り、じっとこちらを見ている。
 その猫も謙信が近づくとひらり暗闇へ消えた。

 今夜は静かだ、と白い息を吐きながら謙信は思う。
 いつもなら酔っ払いや眠りを忘れた若者で騒がしいのに、今日はやけに町全体がひっそりとしている気がする。
 その静けさすら、今の謙信には腹立たしい。
 苛立ち紛れに地面を蹴ると、ちりちり、ポケットから声がする。
 鍵についた鈴なのか、それとも小銭かはわからない。

 そんなこんなで目当てのコンビニまでくると、機械的な挨拶をしてくる店員を無視し、真っ直ぐに酒のコーナーに向かった。
 目当てのものを見つけ手にとろうとし、ふと小銭が足りるかなとポケットに手をつっこんだ。


 指先に触れたのは、冷たい鈴だった。


 間違えた。
 慌てて手を出そうとし、しかし思いなおして鈴をそっと握った。
 それから、あっさり酒のコーナーに背を向けた。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ