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□賤ヶ岳が変。
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……そんなわけで、綾に引っ張られるように彼らは賤ヶ岳にやってきたのだった。
戦場を一望できる丘に陣取り、綾は楽しそうに遠眼鏡(望遠鏡)を覗き込む。
遠眼鏡は以前謙信に買ってもらった品物である。
「ふっふっふ……どんな子がいるのかしらね♪」
そんな綾を謙信と兼続と弥太郎はため息をついて見つめる。
結局誰も綾を止められなかったらしい。
「ちょっと兼続、お茶とお菓子買ってきて」
遠眼鏡を覗き込んだまま、兼続に小銭入れを渡す綾。
「え!?」
「あ、残りで好きなもの買っていいからね♪」
直江山城、お使いを頼まれる。
兼続は思わず困惑顔で弥太郎を見た。
その顔には「どうしましょう」という文字が書いてある。
(……かわいそうに、これじゃあ子ども扱いだよな……)
弥太郎は同情したが、考えてみると綾にとっては兼続も息子のようなものかもしれない。
何せ幼い兼続を見出し、息子の景勝の側近にしたのは綾だからだ。
「あー……そうだな、気をつけて行ってこい」
兼続の肩に手を置くと、弥太郎は一つため息をつく。
「……はい……」
とぼとぼと肩を落とし、兼続は自分の馬を取りに行くべく下がっていった。
「姉御、何か面白いもんでも見えますかい」
「そうねぇ」
弥太郎は半ば投げやりで綾に尋ねる。
「織田家の奥さんでしょ、浅井さん家のお市さんでしょ……あら、あれは豊臣さん家のねねさんだわ」
綾が言うと何故か大名や猛将の妻ですら、ただのご近所の奥さんに聞こえるから不思議だ。
「それに本多さん家の娘さんに、立花さん家の娘さん……人妻ばっかりねぇ。つまんない」
遠眼鏡を覗き込んだまま綾はぽつりと呟いた。
「「……何で」」
「んー、秘密ー」
何か嫌な予感がして、謙信と弥太郎は顔を見合わせる。
「……ん?」
綾の動きが止まる。
「んん?……へえ、なるほどね」
一人で何やら呟き、綾は遠眼鏡から顔を離した。
そしてこっそりニヤリと笑う。
「はい、弥太郎。じっくり見るといいわ、一般の女兵士さんも中々美人だから」
「え!?まじっすか!!」
弥太郎に遠眼鏡を渡すと、綾はすたすたと歩き出す。
「……姉上?」
「ちょっと、お楽しみの前にねぇ」
にっこり、と謙信に笑いかけると綾はどこかへ消えていった。
(……嫌な予感がする)
「おおっ、あの子かわいー!!かーっ、あっちはいい胸してんなぁ……痛っ!」
だらしない顔つきで遠眼鏡を覗き込む弥太郎に蹴りをいれつつ、謙信は不安げに綾の背中を見つめるのだった。