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□軍神と狐
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「何事かと思いました」
勝ち戦だと民や兵士に元気な笑顔を振りまいていると思ったら、一歩城に入った途端泣き崩れた。
いつも元気な殿が一体何事か。
心配してかけよる家臣たちに、泣きながら何度も何度も「謙信様が、うちのせいで」と繰り返しつぶやいていた。
しかし謙信が戦死したなどという知らせは受けていない。
よくよく話を聞いてみると、敵伏兵に本隊が襲われた際、近くにいた上杉謙信隊が全速力で引き返してきて敵兵を撃破。
その後も本隊の、文字通り盾となり剣となり護衛し無事に敵本陣の制圧に導いた、とのことだった。
その敵伏兵との戦の最中、混戦状態になった際謙信が大怪我をおったらしい。
三成たちが主からこの話を聞き出すまで、軽く一時間かかった。
「馬鹿ですか」
――単騎で敵兵の中に、しかも一軍を率いる将が飛び込むなど。
三成が案内した部屋に待機していた薬師や侍従の手で、謙信の包帯の交換と着替えが行われていく。
その様子を少し離れた場所で見ながら、三成は言う。
「そこまで闘争を好むとは、聞きしに勝る戦馬鹿ぶり」
三成が友に誘われてこの国に仕官したのはそれほど昔の話ではない。
国が広くなり、内政に関わる家臣たちから能吏が欲しい、という願いを受けて兼続と幸村がどこからともなく引っ張ってきたのである。
口は悪いが能力は天下一品、ということであったがまさにその通り。
いざというときは文句を言いつつも、怯むことなく兵を率いて戦場にも立つ。
武器が刀や槍でなく鉄扇、というのは文官の意地だろうか。
あっという間に三成は主からの信頼を得て、この国には欠かせない人物になった。
人づきあいのヘタさは難点であるが、兼続や幸村のバックアップもあり、ぎこちないながらも周囲とうまくやっている。
「……」
謙信はぼんやり三成が仕官してからのことを思い返していたが、
「まったく、一軍の将であることをお忘れではあるまいか」
その小言で現実に引き戻される。
「……三成、政務はどうした」
「殿の命で兼続と代わりました。殿のところへ上杉殿をきちんとお連れするようにと」
そうか、と返事をして謙信は肩を小さく落とす。
そろそろ三成の小言を聞き流すのも嫌になってきた。
「……仕方、なかろう」
三成をちらりと見て、謙信はため息をついた。
「……あの時近くにいたのは我だったのだ」
「伏兵がわかったときですか」
「いいや」
こざっぱりとした衣装に着替え、包帯も巻きなおしてもらった謙信は、三成の前に座りなおした。
すぐさま三成に出されていた茶が代えられ、謙信には薬湯が出される。
それを受け取りながら謙信は
「……混戦状態になったときだ」
そう言い、一口薬湯を飲んで苦い顔をした。