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□私は丘の上から花瓶を投げる
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「……立花?」
聞きなれた声にギン千代は振り返り、ああ、とつぶやいて明るい表情になった。
「三成か」
「何を見ていた?」
三成の問いには答えず、ギン千代は黙って視線を元に戻した。
その先。
「……殿と上杉殿か」
二人がいる縁側より三百メートルほど向こう。
大きな池を挟んで、向こう側には阿国と謙信がいた。
「さすがの女嫌いも、殿の『押し』には弱いと見える。先ほど引っ張られるように連れてこられて、今はおとなしく散歩に付き合っているようだ」
愉快そうに唇に微笑を浮かべ、ギン千代は腰に手を当てて二人を見やった。
「……それを見ていたのか」
「上杉殿が女人と歩くなど、そうそうない図柄だからな」
確かに、と三成はギン千代の隣でうなずいた。
謙信に近づく女性は近親者や武将など限られている。本人から女性に近づくことはまず、ない。
「それにしても」
目を細め、ギン千代はあごに手をやった。
視線の先には、池の鯉にえさをやっている阿国と、それをやや後ろで見守っている謙信がいる。
「こうしてみると、なかなか似合いではないか」
どきりとして三成はギン千代を見た。
「どう思う、三成」
しかしギン千代は三成の様子に気づかない。
「それは」
ためらいがちに視線を戻し、三成は思う。
−−あの日三成は見たのだ。
謙信が大怪我をし、戻ってきた際三成が投げかけた問いの答え。
三成の問いに、答えるとき謙信は笑っていた。
悲しみ、苦しみ、怒り、諦め、そして決意。
謙信はその感情の揺らぎの中に僅かな情熱をきらめかせ、再び深遠に沈めた。
−−その瞳に浮かび上がって消えた、三成の問いへの答えを。
「どう、だろうな」
そう言うと、三成は阿国を見た。幸せそうに謙信に微笑みかける阿国を。
あの日謙信の答えを知って、三成は安堵した。反面、苦しくもなった。