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□想夫恋
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「…………」
ばちを動かす手が止まった。最後の一音の余韻を楽しむかのように、ゆっくりと目を開けた。
「やっぱりきれいな曲じゃない♪」
くのいちが感心したように笑った。
「……そうでもない」
琵琶を見つめ、せつなそうに溜め息をつく。
珍しいその表情にちょっと驚いた。
「もう少し練習が必要だな。今のままでは……」
十分うまいと思うのだが、本人は納得がいかないらしい。
「?……ところでなんて曲なの、これ」
「!」
ぴくっ。
謙信はしばらく困ったような、戸惑ったような……
複雑そうなそんな顔をしたかと思うと、月を見つめてぽつりとつぶやいた。
「……想夫恋」
「え?」
「――――先ほどの曲の名前だ……」
月明かりの下だからよくわからなかったが。
その横顔は、何だか赤いようにも思えて……
「……明朝のこと、忘れるでないぞ」
「あ、ちょっと……!」
不意に謙信は琵琶を携えて下に降りていった。
「そうふれん……ねぇ……」
くのいちは首を傾げつつ、その場を後にした。
謙信に書状を渡して、数日後。
「只今戻りましったぁ!」
くのいちは信玄のもとへ戻った。
「おお、帰ってきたか!それで、謙信は?」
「すぐに上洛の仕度をするって返事もらってきました〜♪にゃはん♪」
そう言って、謙信の返事が書いてある書状を渡す。
信玄が中身を確かめると、確かにそう書いてあったので安心する。
「そうか、ご苦労であったな。下がって休んでよいぞ」
傍らにいた幸村がそう労う。
「わーい!ゆっくり昼寝ができる〜♪……あ、お館様〜?」
と、自分の家に戻ろうとしたくのいちが急に振り返った。
「どうした?」
「琵琶の曲で……あれ?なんだったっけ……?」
ずっとあの夜の琵琶の曲が気にかかっていた。
困ったような戸惑ったような、心なしか顔が赤かったような……
あんな変な表情をする謙信を見たことがなかったからだ。
「とうふれん……だったっけ?そんな曲、知らない?」
「とうふれん、なんて曲はこの世にないぞ」
苦笑いする信玄を見て、幸村は小さく声を上げた。
「お館様、でも確か……想夫恋、という曲ならあったような気がしましたが」
「おお、確かにあるの」
「そう!それそれ!!」
喉につかえていた何かが取れたように、くのいちは顔をぱっと明るくさせてうなずく。
「それがどうかしたのか?」
「あのね……」
くのいちは詳しくあの夜のことを話した……
「――――……で、何かねー。謙信の様子がおかしかったもんだから気になっちゃって」
「どうおかしかったのじゃ?」
謙信が趣味で琵琶を弾いていることは信玄も知っているし、何回か聞いたことがある。
「んー……曲の名前を聞いたらぁ、挙動不審になって顔が心なしか赤かったような……」
それを聞いて信玄と幸村は驚いたように顔を見合わせたが、納得したように頷いた。
そしてクスクスと笑い出したのだ。
「??え〜?何〜?」
一人訳がわからずに不服そうなくのいちに、信玄は笑いを押さえずに説明した。
「はははは!まあ、そうじゃろうなぁ!あの曲は――――」