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□小話格納庫:4
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「当家では功ある者に御前酒をつかわす。光秀、参れ」

 ある日の宴にて、謙信が先日上杉家に仕えた明智光秀に杯を渡そうとしたのだが。

「誠に申し訳ありません……私は下戸で……」

 本当に申し訳なさそうに光秀は言い、深々と頭を下げた。
 上杉家は宴会が多い。
 謙信が酒好きなせいかも、また本拠地が越後と言う北国で酒に強い者が多いせいかもしれない。
「そうか……」
 やや残念そうに、しゅん、と謙信は肩を落とした。
(どうしましょうか……)
 それを見て光秀は心を痛める。
 謙信に仕えて日は短いが、闘争を楽しむ戦のときとは違い普段の謙信は見てくれは怖いものの、そう性格は怖くないことがわかってきた。
 思っていた以上に上杉家での暮らしはすごしやすい。
 ……酒盛りの回数が異常に多いことを除けば。
「……こら謙信」
 と、なにやら小箱を大事そうに抱えて、謙信の姉・綾がそこへやってきた。
「あなた、明智殿はお酒ダメだったの忘れてたでしょ」
「姉上」
「こ、これは綾姫様」
 光秀が慌てて頭を下げる。
「明智殿ったら……律儀ねえ」
 おかしそうに綾は口元を押さえて笑った。
「もうこんな年よ。『姫』はいらないわよ」
 こんなでかい弟もいるし、と謙信の隣に座り、綾は謙信の肩をぺしぺし叩いた。
「ですが……」
「気にしない気にしない、私は綾で十分。それよりもごめんなさいね、謙信はどうも人に酒ばかりすすめて困るわ」
 そう言うと謙信をにらみつける。
「……そんなにすすめた覚えはない」
 謙信はその視線に居心地が悪そうな顔をしている。
「いえ、私のいたらぬせいですので」
「世の中は広いんですもの、上戸も下戸もいて当然だわ。……というわけで、これを持ってきたわ」
 と、三人の真ん中に小箱を置いた。


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さんずいのとり・1*

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