ODAI

□■何もかも真っ白な月曜日
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「御館様」



 声を後ろからかけられ、謙信は振り返る。
「雪の寒さはお体に触ります。どうか中へ……」
 城門前の広場で、降りしきる雪の中にいた謙信は空を見上げた。
 吐く息は雪のように白いのに、空は日本海側独特の鉛色の空。
 まだ昼だというのに、相変わらず気が滅入りそうな色だ。
「……うむ……」
 答えたものの、立ち去る気配がないことに家来は小さなため息をつく。
 そして、戦用の白い頭巾を持ってくると静かに差し出し、再び離れたところに控えた。
 ありがたくそれを受け取った謙信は、頭巾を身につけると空をまた見上げた。
「……」
 謙信は音の無い世界に再び身を沈める。

 雪が降っているだけで、どうしてこんなにも世界は静かになるのだろう。
 心の小さなざわめきすら聞こえるような、この静寂の世界が謙信は好きだった。
 この季節は意識せずとも瞑想の世界に入ったり思索にふけることができたりできる。
 日常のこまごまとしたざわめきが遠くなり、開放されて行くような気がするのだ。

「……これは根雪になろうな」
「ええ、今年は特に寒さが厳しくなるようで……」
 謙信は毎年雪のひどい地域には式神使いを派遣して、式神を使った除雪作業を行っている。
 それ以外にも街道の雪をどけたり雪崩が置きにくいよう雪をどけたりするにも式神を飛ばしている。
 何故か式神使いが多い越後だからできることである。
 今年はその回数が増えそうだ、と謙信が計画を練っていると


「――……様!」


 不意に、聞こえるはずのない人の声が聞こえて、謙信は目をしばたかせる。
「……今……」
「はっ?」
 不思議そうな家来の声に、なんでもないと謙信は答える。
「……まさか……な……」
 うめくように呟く。
 祈ったって願ったって、この雪では彼女はここには来ないだろう。
 恐らく、自分の家がある出雲にいるはずだ。
 

『……謙信様ー!!』

 今度ははっきり聞こえた。
 普通の人間には聞こえるはずも無い、心の声だ。
 はっと謙信が雪の向こうへ目を凝らすと、市女笠を被った誰かがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「……あれは……?」
 家来の目にもとうとう見えたらしい。
 やはり……と謙信は知らず知らず一歩踏み出していた。
 式神に今朝雪かきをさせたはずなのに、昼の今ではすっかりさらさらの粉雪が積もってしまっている。
「!」
 思った以上に柔らかい雪に足を取られそうになりながら、何とか体勢を戻す。
「――――……犬神!!」
 謙信の呼びかけに応じ、二体の犬神が謙信の傍らに現われる。
「行けっ」
 小さく命じると犬神は一目散に、雪道を歩いてくる人物へ向かって行く。
 疾風を纏った犬神は粉雪などものともせず、飛ぶように人物にかけよるとワンと一声鳴いた。
 人物は犬神を認めると、少しかがんで尻尾を振っている犬神たちの頭を撫でた。
「御館様、あれは何者でしょう?」
 不思議そうな家来に謙信は、
「……風呂の用意と、それから女物の着替えがいるな」

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