ODAI

□■殺した火曜日
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「あの男を、殺したぞ」





 にやり、と極上の笑みを浮かべて告げたのに、籠の中の鳥はこちらを見ようともしない。

 少しは反応すると思ったのに、と拍子抜けした。

「ああ、そうどすか」

 それはさぞかし、嬉しいでしょうね。

 ちらりとこちらを見て、冷たい瞳と、冷たい声でそう告げて、鳥は再び後ろを向いた。

「……泣かぬのか」

「泣きとうても、もう涙も枯れてしもうたわ、誰かさんのせいで」

「それで最近は泣かぬのか」

 つまらぬことよ、とここへ連れて来たときよりも痩せて細くなった肩を見つめた。

「聞かぬのか、あの男の末路」

「聞かんでもわかりますさかい」





 きっとあの人は

 逃げも隠れもせず

 どれだけ苦しくても命乞いもせず

 その二つ名にふさわしく

 誇り高く死んだでしょう





「……くだらんな」

 歌うようなその言葉に気分が悪くなった。

「何故そこまで、言い切れる」

「知っているから」

「うぬがあの男の、何を知っている」

「始めから終わりまで、その全てを」

 いらいらする。

 ちりちりと胸の焦げる音を遠くに聞きながら、力任せに肩を引っ張り、振り向かせて愕然とする。

 無表情なまま、涙を流していた。

 音もなく、その美貌と感情を失った瞳と、そこから流れ落ちる涙の雫が。





 この上なく美しかった。





 何かを見て、美しいと思ったのは、どれくらい久しぶりのことだったか。

 思い出そうとしても全てが闇に溶け、記憶を辿ることはできなかった。

「……まだ、泣けるではないか」

 本心とは裏腹に、何故か笑みが出てきた。

「そうどしたか」

 何や、雨が降ってるんかと思ったわ、と細い指でそれをぬぐおうとし……

「やめておけ」

 それは、相手の手によって止められた。

「何で」

「我はそのままがいい」

「うちはよくない」



 泣いたって、叫んだって、この状況が変るわけでもなく。

 あの人が、かえってくるわけでもない。



「……未だに反抗するか」

「うちは犬とちゃいますもん」



 どんな状況になっても、私は「私」。

 揺らぐことのない、その自信、その心。



 それに惹かれたのだ。

 それを形にしたような、その舞に。




「……ああ、そうだったな」





 本当は違うんだ、こんな笑い方なんてしたくないし、こんなことなんてしたくないんだ、君を傷つけることなんてもうしたくもないし考えたくもない、でもどうしたらよかったんだろう、どうしたらこちらを向いてくれたろう、今でもよくわからないんだ、でもこの状況はもう嫌なんだ、もうこんなことなんてしたくないんだ






 ほんとうは









 ただ君が、隣で笑ってくれていたらどんなに幸せなんだろうかと。









「うぬは鳥だ」







 ああ、だからせいぜい

















 ないて

 ふるえて








 そして眠れ






















 いっそのこと胸の奥底に、醜いジュクジュクした傷痕を作ってくれればいい。



『殺した火曜日』

 

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