ODAI

□■甘すぎる木曜日
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「謙信様」

「……ん」



「オツキアイしまへんか?」



書類から顔を上げると、机を挟んで向かい側、頬杖をついてかわいらしく首をちょこんとかしげた阿国がいた。

先ほどまで、縁側で犬神と遊んでいたはずなのだ。

ちらり、と眼だけで縁側を見ると蝶々を追いかけて犬神が庭を走り回っているのが眼の端に入った。

「……」

はて、何時の間に移動したんだろう、と出来上がった書類を横にやりながら謙信は考えたが。

「……付き合う、って」

ああ、もしかしてこれを書いているときかな、と書類から手を離す瞬間理解した。

「……どこへ」

また甘味処か。

とたずね返すと、ふふふと阿国は笑った。

「お店とちゃいます」

「……では、小物屋か」

「それもちゃう」

だったらどこだ、反物屋かはたまた……と上げていったが、全て違うと拒否された。

そして、最後に残ったもの。

「……出雲か」

謙信は眉間に皺を寄せた。

怒ったのではない、困ったのだ。

越後を置いて、この仕事を置いて、出て行くわけにはいかない。

どうしようかと謙信が、難しい顔のまま(心の中は困った顔で考え込んでいる)黙っていると、

「お付き合いしてほしいんはぁ……」

細く白い指が阿国自身を指した。








「うちの人生と」








「……」

それを聞いて謙信はきょとん、と阿国の顔を見ていたが、

「……これ以上、か?」

「これ以上」

「……何故?」

「うちが一緒にいたいから」






そうして阿国は、難しい顔(困り顔)の謙信を見てくすくす笑った。

謙信は腕組をして天井を見上げ、

それから頭巾の上からしばらく指で頭をかいていたが。

「……我はお前より一回り以上年上だぞ」

「そうどすなぁ」

「……我はお前より、おそらく早く死ぬ」

「かもしれまへんなぁ」

本当にわかってるのか、と謙信が疑い始めたとき、

「…………」

「でも、先のことは誰にもわからしまへんし」

また阿国は笑った。

「少なくともうちは、まだ離れたくないし、離れるつもりもないし」







すらすらと、きれいに、さらっと、聞いているほうが恥ずかしくなるほどの。







 そんな告白をされて。

「…………わかった。好きにしろ」

その一言に、謙信は白旗を挙げた。

「そう言わはると思った」

まるでいたずらが成功した子どものように、またかわいらしく笑ったのだった。










なんか出会ったときからずっと


こいつに白旗を挙げているような気がしながらも






案外、悪い気分ではないのが困りどころ。








『甘すぎる木曜日』


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