ODAI

□■飛び降りた金曜日
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『……似合っている』

 紡がれたのは、たった一言だった。
 それだけ。






 −−えー、サルも木から落ちる、と申しますが。


 着地点が悪かったのだろうか、それともバランス配分を誤っただろうか。
 しまった、と思った瞬間枝にかけていたはずの足が滑ったのがわかった。
「え、嘘!?」
 叫んだ瞬間、大地が目の前に迫る。
「にゃああああっ!?」



 −−くのいちも木から落ちる?ものでしょうか。





「……また、そなたか」
 ややげんなり、とした表情で謙信は目の前でお縄を頂戴しているくのいちを見てつぶやいた。
「またとは何さー。こっちだって好きで来てるわけじゃないの!!」
 今にも縄抜けの術で抜け出して逃げ出しそうなほど、つかまっているわりに元気のよいくのいち。
「めんどくさいけど、お仕事しなきゃご飯食べられないからねー」
「あらま、相変わらず正直な子ね」
 謙信の隣では姉の綾が、大して驚いた様子もなくくのいちを見つめている。
「で、どうすんの」
「……何がだ」
「あたしの処分に決まってるでしょ。煮るなり焼くなり、できるもんならしたら?」
 そう言われ、上杉姉弟は顔を見合わせる。
「えーと……謙信、これで何度目だっけ?この子が春日山に潜入したの」
 たずねられて謙信は、空を見上げて指を折り数える。
「……ざっと十四、五回。うち数回は我の犬神が追い払い、うち数回は軒猿とやりあった」
「このおバカ!!」
 すぱーん!!
 どこから取り出したのか、綾がハリセンで謙信を殴った。
「うちの家、警護はどーなってんのよ!?」
「うん、確かに忍び込みやすかったよん♪警備甘すぎー」
「ほら!泥棒にまでバカにされてるじゃない!!」
「おばさん、あたし泥棒じゃなくってくのいちだから」
「むかっ、誰がおばさんよ!!」
「だっておばさんじゃん」
「何ですってええええええ!!!」
「……落ち着け、二人とも」
 謙信があわてて二人の間に割って入った。
「……確かに、この女はよく忍び込んではいる。しかし、破壊活動をしに来たわけでもなく誰かを暗殺に来たわけでもない。すべてただ偵察だ」
「……なぁんだ、よく知ってるじゃん」
 ちょっと驚いたようにくのいちは軽く口笛を吹いた。
「そこまで把握している癖して、どうして警護を厳しくしないの!?」
「……決まっている」
 ふん、と謙信は鼻で笑い、やや胸を張る。
「己の力に慢心し、木から落ちるようなくのいち風情を雇っているような国に、我の軍が負けるわけがない」
「う」
 くのいちが痛いところをつかれた、という顔をして黙り込む。

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