天恵

□君と一緒に。
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『君と一緒に』



 今日は春日山の町のお祭りの日です。

「……」
 兼続はその日も、山積みになった書類と向き合い、ひたすら筆を動かしていた。
「…………」
 動かしていたが、自然と顔が緩みだし……
「随分嬉しそうな顔してるじゃねえか、兼続」
「え?」
 気がついたら、口元が緩んで『にへら』とした笑顔を浮かべていた。
「わかります?」
「もろばれ」
 まあ仕方ないか、と弥太郎は持ってきた書類を机の上に置いた。
「まだあるんですか!?」
 先ほどの笑顔はどこへやら、一転して青い顔で兼続は弥太郎を見上げる。
「仕方ないだろ。謙信の奴は風邪でぶっ倒れているし」
 先ほど置いた書類のかわりに、兼続が書き上げた書類を束ねて持ち上げる。
「大丈夫なのですか、謙信公は」
 数日前から謙信は体調を崩し、自室にて療養中である。
 姪っ子たちを春日山の城下町のお祭りに連れて行く約束をしていたらしいが、それを果たせないことを非常に残念がっていた。
「謙信の師匠がいい薬を持ってきてくれたって姉御が言ってたから、大丈夫だろう。馬鹿は風邪ひかないっていうのになぁ」
「それは鬼小島様のことでは」
「あー、あー、兼続くん。何か言いましたかね?」
「いいえ、風の声です」
「このやろ……この書類は次の奴んとこに持ってくぞ」
 表情を崩さずにそう言い放つ兼続を軽くにらみ、弥太郎は書類を持って立ち去った。
(すいません、謙信公)
 憧れの上司、謙信の体調は心配であったが兼続はそれが少し嬉しくもあった。
 何故なら今日は阿国が遊びに来る日なのだ。

 本当は阿国たっての希望で、謙信が祭りの案内をする予定だった。
 しかし体調不良によりその役目は兼続に与えられたのである。
 
 仕事が終われば阿国に会える。
 兼続のやる気は上がるばかりであった。
「愛と愛が、私を強くするのだ!!」
 義はどこへいった義は。
 三成がこの場にいれば、冷静に鉄扇でツッコミを入れてくれるはずなのだがここは越後である。
 残念ながらツッコミの合いの手は入ることはなく、無駄に愛を叫びながら兼続の仕事は滞りなく進んだのであった。
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