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□あなた。
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 恐れていたことが、起きたということ。





「――――謙信!!」

 鋭い声がして、そちらを振り向いた瞬間。

 眼に入ったのは綾の笑顔で。

「……姉……上?」

「おバカさん」

 赤い唇をふわりと緩めて、綾は笑う。

 青い空の下、光を浴びて踊る黒髪が美しかった。

「……無事ね」

 そうつぶやくと、糸が切れた人形のようにその体が前のめりに倒れる。

 あわてて差し出した腕に、小柄なその体はひどく重く感じた。

「……姉上?」

 ぬるり、と姉の背中から生ぬるいものが自分の手に伝って落ちる。



 交わす刃と刃の音も。

 鳴り響く蹄の音も。

 けたたましく自分を呼ぶ声も遠くなる。

 ただ、その耳に聞こえるのは。



『無事ね』



 そういつもの調子で言った、綾の声。



「謙信公!!」

 兼続の声にはっとなり、止まっていた時間が走り出す。

 顔を伏せ、地面に打ち付けるように謙信は刀を突き立てた。

 まるで捨てるかのように。

「!」

 そばへ駆けつけようとした兼続の足が止まる。

 ピシリ、ピシリとその空間だけ微弱な電流が走っている。

「けんし――――!」




「……きさまらああああああああああああっっっ!!!!!」




 地の底から這い出た亡者のような声に、兼続の声はかき消された。





 ぽたり、と綾の白い指から落ちた雫が地面に赤い丸を描く。
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