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□岩に立つ矢もある習い
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「……礼を言う」
「えっ」
 しばらく黙って歩いていた二人でしたが、ふと謙信が立ち止まり阿国を振りかえってそう言いました。
「王子、いや殿下の話を承諾してくれて助かった」
 謙信はそう言い、軽くため息をつきました。
「……殿下はずっと結婚の話を避けてきたのでな」
「ずっと魔法使いの修行をしてはったって聞きましたわぁ」
 城に来るまでの間、二人はお互いの身の上を話しておりました。
 ギン千代も自分がこの国の王子(本当は王女)であることは伏せたまま、魔法への熱い情熱を阿国に語っていたのです。

『私は立派な魔法使いになりたい……それが、私を育ててくれた父上への恩返しになる』

 きらきらと目を輝かせてギン千代はそう言っていたのを阿国は思い出していました。
「立花殿のところに預ける期間が長すぎたかもしれぬ」
 二人はゆっくりと、並んで歩き始めました。
「その気持ちもわからんでもない……しかし本来ならばもう夫を迎えてもいい年頃。今の年齢でも遅すぎるくらいであろう」
「国に仕えてはる謙信様としてはやっぱり心配なんどすなぁ」
「……。結婚したくない、という気持ちはわかるがな……」
 謙信はややゲンナリとした顔をして言いました。
「せやけど、この偽の婚約発表が終わったら立花様はまた修行に戻ってしまわはるんやろ?それはそれで大丈夫なんどすか?」
「それは心配ない。信長はまだ元気だ」
「それやったらええんどすけど……あ!」
 突然大きな声を上げて阿国は立ち止まりました。
「どうした?」
「どないしよう、舞踏会にはお姉はんたちがいるんやった!!」
「……姉?」
「実は……」
 阿国は事情を謙信に話しました。
 姉たちに黙って舞踏会に来てしまったこと、ギン千代は姉の友達であること、姉たちはねねの仕事を知らないこと……
「……ふむ。では舞踏会の会場のどこかにいるそなたらの姉たちに説明がいる、ということだな」
 謙信は頷くと、腰から一筆箋と鉛筆を取り出し何事かを書き記しました。
 そして……
「犬神!」
 簡単な印を結んで犬神を呼び出すと、その一筆箋をくわえさせ
「急ぎねねのところへそれを渡せ!」
 わん!
 謙信の命令を受け、犬神は風になって走っていきました。
「あれは我の式神だ。すぐにねねに知らせがいくだろう」
「……。あのワンちゃん、式神だったんや……」
 阿国は墓場で謙信と出会った日を思い出し、ほんのり顔を赤らめてちらりと謙信を見上げたのでした。



「ああっ!いけない!!忘れてたよ!!」
 犬神から謙信の伝言を受け取り、ねねは大声でそう叫びました。
「ねね様?どうなさいました?」
「ごめん!!皆、後はお願いするよっ!!」
 部下たちに発表の準備を任せて会場に飛んでいきました。
「三人に事情を話さなきゃ……余計な混乱を招いちゃう!」
 きょろきょろと移動しながら辺りを見回し、子どもたちの姿を探しますがさすがに人が多すぎてなかなか見つかりません。
「……あっ!」
 やっと兼続と幸村の姿を見つけ、慌てて駆け寄ります。
「よかった〜、いたいた!!」
「あ、北政所様」
 まず気がついたのは幸村です。
「どうかしましたか?そんなに息をきらせて……」
「二人とも、三成はどうしたの!?」
「さっき飲み物を取りに行くとどこかへ行ってまだ帰ってきてません」
 不思議そうに兼続が答えました。
「ああっ!もうタイミングの悪い子だねっ!!」
「どうされたのですか、一体」
 日ごろはあまり見ない、慌てたねねの様子に二人は困り顔です。
「いい、二人とも!」
 時間もないので、ねねは二人を柱の影に連れて行くと事情を説明することにしました。
「今から王子が現れて、その婚約者を紹介するからね」
「そういえば、さっきそんなアナウンスがありましたね」
「その婚約者は阿国ちゃんだけど、驚いちゃだめだよ」
「ええええむがもごぶぐが!?」
 大声で叫びそうになった兼続の口を、慌てて幸村が両手で塞ぎます。
「しーーっ!!兼続、声が大きいよっ!!」
 思わずねねも金髪カツラの上から兼続の頭を強く押さえつけました。
「むがむごむぐ!!!」
 兼続は真っ赤な何か言たそうにもがいていますが、どうにか幸村が押さえています。
「しかし北政所様、何故阿国殿が……!?」
 変わりに幸村がたずねますが……
「事情は全部終わってから説明するから」
 怖い顔で「いいね!?」と念を押されてしまっては兼続も黙るしかありません。
「でも本当はこの婚約は偽者で、これはお芝居だからね。いい?慌てちゃだめだよ!」
「偽者?どんな事情があって……」
「今は話せないけど……ごめんね、あたしもう時間だから行くね!三成にも伝えるんだよ!」
「北政所様!?」
 幸村の静止を振り切り、ねねは姿を消してしまいました。
「そんな……阿国殿……」
 ねねの姿が消えて、やっと幸村の押さえがいらなくなった兼続ががっくりと膝をついてうなだれました。
「阿国殿……阿国殿おおお!!」
 しかもシクシクとそのまま泣き出してしまいました。
 そんな兼続を見て一瞬哀れに思った幸村でしたが、あまり声をかけるのはかわいそう、というか「阿国がらみで落ち込んでいる場合はほっておけ。甘やかすな」と三成から言い聞かされていたのでほったらかすことにしました。
「阿国殿が舞踏会に来たのはまあいいとして、わからないのはどうして彼女が王子の婚約者になったのか……」
「……」
「それに、これはお芝居と言っていた……何故なんでしょう?」
「…………」
「兼続殿?」
 返事がないことに不思議に思った幸村が兼続の方を見ると、
「っ!?」
「お、阿国殿が王子の婚約者……阿国殿が王子の婚約者……」
 膝をがっくりと地面について、真っ白に燃え尽きている兼続の姿があったのでした。



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