A

□触れてみたいよ
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 さらさら、と指をすり抜けて
いく絹糸のような髪の手触り。
 愛しくなって、もう一度そっ
と触れてみた。


 ……本当はその薄桃色の頬に
触れてみたいのだけど。



 何故、どこで、どうして、こ
うなったのか。
 眼を開けた謙信は硬直するほ
かなかった。
「……くー……」
 顔のすぐ近くから聞こえる、
安らかな寝息。
 鼻腔をくすぐる甘い花の香り。
 触れるか触れないかの距離に
ある、温かな存在。


 阿国の顔がすぐ近くにあった。


「……」
 それを見た途端、謙信は飛び
上がりそうになったがその衝動
をどうにか抑えた。

 逃げたい、今すぐ逃げたい。

 しかし、どうもそう言うわけ
には行かないらしい。
 何故なら謙信の体にぴったり
くっつくようにして、阿国は眠
っているからだ。
 ……一体どうしてこうなった
のか。
 謙信はどうしても思い出せな
かった。
 もしかしたら、自分が昼寝を
している最中に、彼女がやって
きたのだろうか?
(まさか、我が気配に気付かぬ
とは……)
 何と言うことだろう、と謙信
は人知れず恥ずかしくなった。
 いくら疲れていたとはいえ、
阿国だったからまだマシだった
ものの、これが敵だったら……
自分はもうこの世にいない。
(まだまだ修行が足らぬな……)
 思わず反省したが、すぐさま
頭を切り替える。
 さて、この状況をどう抜け出
すべきか。

 さっさと起き上がって動いて
もいいのだが、動けばきっと彼
女は目を覚ましてしまうだろう。
 それでも構わない、といえば
構わないのだがここまで気持ち
よさそうな寝顔を見せ付けられ
ると……
 ……
 人はどうして相手を起こして
しまうことに罪悪感を憶えるの
だろうか。


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