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□近江野の娘
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 ひょいと投げた石が池に波紋を生み出した。
 次々に放り投げるとそれは幾重にも重なって波となり、互いにせめぎあいながらも不恰好な輪を作る。



「……某は何をやっているんだろう」
 大きく肩が動いてため息が出た。
 森の中、一人で池のほとりで座り込む長政の背中に、
「ホント、何しているの?」
 はねる鈴のように軽やかな声が聞こえてきた。
「え!?」
「?どうかした?」
 振り返るとそこに一人の少女が笑顔で立っていた。
 風に揺れる栗色の髪が日光に透ける。
 目はぱっちりとして大きく、興味深そうに長政の顔を覗き込んでいる。
「す、すまない……人がいるとは思わなかったのだ」
 目の色がきれいだ。
 長政はそう思いながら、やや視線を目から鼻へ、鼻から愛らしい桜色の唇へ目を移した。
 じっと視線を合わせているのはどうにも無理だった。
 悪い意味としてではなく、脈の乱れと顔のほてりを収める意味合いで。
「うん、市も誰かいると思わなかった」
 彼女はあっけらかんとそう言うとひょいと肩をすくめた。
「ここ……大きい池があるんだね〜」
 長政の傍らに立ち、遠くまで見通すように彼女は額の高さまで手を上げて背伸びをする。
 つられて長政も遠くを見る。
 二人がいるこの池は、誰かが所有している庭の隅っこ、というわけではない。
 大きく言えばここは長政が治めている土地である。つまり彼のものである。
「水面がきらきらしてるね」
 小さく波打つ水面に彼女の姿が揺らいで浮かぶ。
「あ、平たい石みーっけ」
 そう言うと彼女は長政の手の傍らに落ちていた石を拾い上げた。
「?それが何か?」
 不思議そうに彼女を見上げる長政に、彼女は手の中の石を大事そうに一撫ですると
「そーっれ!!」
 威勢のよい掛け声と共に水面と水平に投げた。
 石は跳ねるように水面を二、三度かすめ、波紋をいくつも生み出して水底へ消えた。

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