天恵

□君と一緒に。
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 仕事をすばやく終えて、兼続は足取りも軽く町へ向かう。
「阿国殿ー!」
 阿国との待ち合わせは、町の中にある小さな神社の中。
 本殿脇の大きな桜の木が目印である。
「あっ、兼続様や〜」
「阿国殿、お待たせし……」
 しかし阿国の姿を認めた途端、兼続の笑顔は凍りついた。
「いやぁん、兼続様!来てくれはったんやあ〜」
 にこにこと笑顔の阿国の足元には、
「……」
 一人の少年が困り顔で阿国を見上げていた。
「……」
 兼続は思わず少年をじっと見つめた。
「阿国殿」
 年の頃は七つくらい。
 おろしたら肩くらいまでありそうな黒髪を高いところで一つに縛り、小さいポニーテールを作っている。
 瞳は大きく、不安そうに揺れてこちらを見上げている。
「あっ、この子?」
 阿国は足元の少年を見やった。
「どうやら迷子みたいやねんけど……ほら、この人がうちがさっき話してた兼続様」
(ど、どんなことを話しておられたんですか?)
 少年ににこにこと話しかけながら阿国が兼続を指差す。
「違う、迷子じゃないって」
 少年はふるふると小さく首を横にふった。
「一緒に来た師匠を捜しているんだ」
「何だ、連れがいるのか」
 こくり、と少年は頷いて阿国を見上げる。
「話、聞いてくれてありがと。……俺、もう行くよ。師匠を捜しに」
「せやけどなぁ、今日はお祭りの日やで」
 阿国は困ったように少年に言う。
「こんな日に人を捜しに行ったら、それこそ迷子になってしまうえ?」
「でも、ここにいても仕方ない」
「確かに」
 兼続がそれを聞いて頷く。
「しかし……」
 ちらり、と兼続は阿国を見た。
 心配そうに少年を見つめている阿国を。
「……」
 一方の少年はというと、阿国に視線を向けながらそれとなく兼続の方を気にしていた。
「いい。俺一人でも」
 ふわり、という表現がふさわしいほど小さな笑みだった。
「大丈夫。すぐ見つかる」
「せやけど……」
「俺、もう七つだし。それに……」
 少年は兼続へ視線を向けた。
「阿国、さんは用事があるんだろ?」
 そのときになって少年はやっと兼続を見た。
 幼い瞳の透明な輝きの向こう、年には不似合いな意志の強さが垣間見えた。
「だから……大丈夫だ」
(どうしたものか……)
 兼続は困っていた。
 彼自信としては、阿国と逢引(デート)を楽しめると思っていたのだが、どう考えてもこれは
(『兼続様、この子のお師匠を捜してあげましょう!』な展開!)
 それは民にそれはそれは深い深い愛を持つ兼続には大事なことである。
 ことではあるが……ちょっぴり、阿国との逢引を優先したい気持ちもある。
 うーーーーーーーーーん。
「か、兼続様?」
 阿国が困ったように兼続を見ると、彼は腕組をして空を仰いでいる最中であった。
「よし!」
 勢いよく首を元に戻したら、首筋あたりで『くきっ』と軽い音がした。
「仕方あるまい!!」
(さっさとこの少年の連れを捜す!そして阿国殿との時間を作る!)
 これが最善の策だろう。
 決意した兼続の行動は早かった。
「君!名前は!?」
「な、名前?」
 何故か少年は一瞬驚いたように思えた。
「えーと。…………こじろう」
「そうか、わかった!こじろう!!」
 がしいっ!!
 兼続は少年の肩に勢いよく両手を置いた。
 一瞬少年がびくりと飛び上がった。
「私が、早急に君のお師匠を見つけてあげよう!!」
 口ではいいこと言っているのだが、しかしながら若干の恨みがましい視線は隠せない。
「………………」
 少年はしばらくビミョウな顔で黙り込んでいたが、やがて小さく頷いた。
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