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□岩に立つ矢もある習い
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「……しまった」
 そのころ、三成は三人分のグラスが乗ったお盆を持って、人ごみの中で迷っておりました。
「やけに人が増えてきたような気がする……くそっ、兼続たちが見つからないではないか!」
 苛立ち紛れに舌打ちをすると、あちこち視線をめぐらせて幸村と兼続の姿を探します。
 人ごみを掻き分けお茶を取りに行くのに必死だった三成には、先ほどあったねねによる『これより王子と婚約者の紹介を(以下略)』というアナウンスは耳に入ってなかったのです。

「あっ、三成殿!」
 とそのとき。遠く、人ごみの向こうで幸村の姿が見えました。
 わかりやすいように伸び上がり、ブンブンと手を振っています。
「幸村!」
 三成はやれやれといった顔で二人の下へ戻りました。
「よかった、捜していたんです」
「それはこっちの台詞だ!まったく、どこからこんな虫のように人がわいてきたんだ!?」
 お盆を幸村に渡しながら三成はイライラした様子で言いました。
「そ、それは集まった人たちに失礼では……って、そんなことを言う時間はなかったんでした!」
 幸村の焦っている様子に三成も顔を引き締めてたずねます。
「何があった。……ここに白く燃え尽きているやつもいるようだが」
 体育座りをしたまま白く燃え尽きている兼続をちらりと見て、三成は言いました。
 もはや涙は枯れつき、動かない後姿は白くかすんで今にも消えそうなほどです。
「え、えーと……とりあえず、時間がないので兼続殿の説明は後で!!」
 そう言うと、幸村は三成に手招きして柱の影まで連れて行きました。
「?何だ、一体」
 三成は何やら嫌な予感がしてきました。
 たいていのことでは(阿国のこと以外は)動じない兼続が真っ白になっていることといい、いつもは穏やかな幸村がいつになく真剣な表情でいることといい、おかしなことばかりだからです。
「いいですか、三成殿。これから話すことは、私たち三人だけしか知りません」
「……。幸村、俺は妙に嫌な予感がするのだが」
「……すいません、当たるかもしれないです」
 ねねの代理として幸村は謝罪しとくことにしました。
「実はこれから王子の婚約発表が行われるんです」
「ああ、なるほど。それでこんなに人が沸いているのか」
 納得、と三成は人の群れを見やり頷きました。
「ですがそれはお芝居です」
「……はあ?どういうことだ?」
 眉をひそめて三成は先を促します。
「それは私たちもわかりません。北政所様がそうおっしゃっていたんです」
「おねね様が?おねね様はどこへ行かれたのだ?」
「時間がない、と慌ててどこかへ……それからもう一つ、重要なことが」
 ちらり、と幸村は真っ白な兼続を見て言いました。
「その、偽者の婚約者は……」
「婚約者は?」
「……阿国殿なんです」
「ぬあああにいいいいいいいいいい!!??」
 

『ご来賓の皆様、大変お待たせいたしました!!!!』
 三成の叫び声は、ねねのマイクの声と人々の歓声でかき消されてしまいました。
「これは……おねね様!!」
『これより我が国の王子とその婚約者の紹介をさせていただきます!!』
 三成が慌てて歓声が起きた方向を見ました。
「おねね様!」
 そこにはいつの間にやらステージができており、ねねはステージの上でマイクを握り締めて、百万ドルの笑顔を振りまいておりました(以上、三成視点)。
「そうか、それで兼続は白くなっているんだな?」
「ええ……三成殿、一体どちらへ?」
「おねね様のところだ」
 納得いかない、という表情でステージへと向かい始めた三成を、
「事情を聞いてくる」
「まっ、待ってください!」
 慌てて幸村は追いかけました。
 ……と思ったのですが、お盆とお茶が邪魔だったので、屍の兼続の脇にそっと置きました。
「兼続殿、これでも飲んで元気出してください」
 そっと声をかけると、幸村は後を追いかけたのでした。


「お待ちください、三成殿!」
 どうにか追いついた幸村が三成を引き止めます。
「落ち着いてください!」
「落ち着くも何も、一体何があったのかわからんではないか。おねね様に事情を聞かねばならん」
「だからこれは……っ!」
 お芝居なんです、と言いかけて慌てて幸村は口をつぐみました。
 それを今ここで、大声で言うわけにはいきません。
「……ならば幸村。貴様は納得できるというのか?妹がこんな茶番に巻き込まれているというのに『はいそーですか』と返事をしたのか、貴様は!」
 いらだたしげに鉄扇を握り締め、三成はきつい口調でそう言います。
「納得できない気持ちは私も同じです!ですが、今ここで事を荒立てるのは得策ではありません」
 何とか三成を押しとどめようと幸村は説得します。
「とにかく、発表が終わってから北政所様に改めて事情を聞きましょう。そのころには兼続殿も復活しているでしょうし……」
「…………、ちっ」
 三成は舌打ちをして頭をがりがりとかきました。
 それから大きな呼吸を二、三回繰り返すと、
「…………すまん、取り乱した」
 やや落ち着きを取り戻した表情で、ぼそりと言いました。
「いえ、わかってくださったらそれでいいんです」
「だが、その王子とやらの顔だけは間近で拝んでやらんと気がすまん」
 そう言うと三成は、
「姉である俺たちに黙って、他人の大事な妹を婚約者にするなど……無礼者にもほどがある!!行くぞ、幸村」
「あ!三成殿!!」
 人ごみを更にかきわけ、ステージの真下へ行くべく移動を開始しました。
 再び幸村は後を追いかけます。
「三成殿ー!」
「何だ?」
「やはり三成殿も、阿国殿のことを思っておられるのですねー!」
「っ!?」
 幸村の嬉しそうな言葉に、思わず三成は前の人の背中にダイブしそうになりました。
「なっ、なななな何を言い出す!?」
 追いついた幸村に顔を真っ赤にして三成が叫びます。
「?妹として大事に思っておられるのですね?」
 そんな三成を見て幸村は不思議そうな顔をしながら、確認するようにそう言いました。
 それを聞いて三成の目が点になりました。
「何だ……そっちの意味か……始めからそう言ってくれればいいものを……」
 慌てて損した、と三成はため息を一つつきました。
「それはそうだろう。話の中とはいえ、あいつは妹……自分の身内なのだからな」
 ぷい、と三成は横を向きながらそう言います。照れているのでしょうか。
「それを聞いて安心しました。私はてっきり三成殿は阿国殿が嫌いなのかと」
「……嫌いなのは『姉』という役柄とこのヒラヒラフリフリな衣装だ」
「仕方ありません。よいこのおとぎ話ですから」
 苦笑いで幸村はそう答えます。
「だから俺はこれのどこがよいこのおとぎ話なのかと一時間ほどだな……」
 ついつい語り始めた三成の耳に、

『皆様、拍手を持ってお迎えください!』

「い、いかん!急がねば!!」
 ねねの声が聞こえ、二人は再び移動を開始しました。

『わが国の王子・ギン千代王子とその婚約者・阿国様です!!』


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