A
□霜月ばかり
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(……ならば、今はどうなるのだろうな)
右手に持った得物を振り上げ、振り下ろすたびに感じる嫌な手ごたえと飛び散る生暖かい赤。
大小の肉片。ボトリと重力にしたがって落ちる、かつて体からすらりと伸びていた腕や足。
響く剣と槍と、弓矢の音。人のうめき、わめき、悲鳴、泣き声、命乞いをする声、そして恐怖から発狂した奇声。
倒れる躯、放たれる弓矢、それをはじき返す犬神が纏う青白い疾風。
すぐ脇を馬が駆けぬけ、砂埃が舞い、飛び散る赤と混じり体中にまとわりつく。
赤が持つ油分で刃はすべり、柄にまで流れ落ちてくる赤でつい手元が滑って狂いそうになる。
手元が狂えば、一撃で息の根を止められない。
それでは相手にいらぬ苦しみを強いるだけ、と冷静に狙いをつける。
(手袋を外すか)
いや、そんな暇はない。
一瞬を狙い、相手の首筋に刀を振り下ろすと、振り向きざまに別の敵を腹から肩へと斬り上げる。
(……踏み込みが甘い)
しまった、と奥歯をぐっとかみ締めた。手元がすべり一撃で葬ることができなかった。
後生である、と死に切れず倒れもがき苦しむ敵の首すじを断つ。痛みと恐怖からしぼりだされた声だけが耳の奥に残る。
地面に転がる躯をそのままに、次の相手に目を向ける。
「ひいいいっっ!!」
体が重い。動きすぎて息があがってしまって、喉が異様に渇く。
頭も体も隅々まで熱を持ち、足も腕も鉛のように重く動かすのが辛いほどだ。恐らく自分も無数の傷を負っているのだろう。
しかし、不思議なことに敵を認めれば軽々と足も腕も動き、頭は静かに確実に相手の息の根を止めることだけを考える。
――これが己なのだ――
「己の器をっっっ!!」
ひゅっ、と喉の奥に戦場の匂いと冷たい風が入り込む。
「わきまえるがいい!!!!」
叫んだ途端、喉が餓える。
ああ渇く。