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□小話格納庫:5
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「じつによきこと」
「は?」
 謙信は相手が微笑み、嬉しそうなのを見て怪訝そうな顔をする。
「よきことではありませんか、謙信」
 ゆるり、と女のように美しい顔をほころばせ、政虎(BASARA謙信)はオチョコをテーブルの上に置いた。

 氷の入ったガラスのボールにはガラスの徳利。
 中には謙信が持ってきた取って置きの日本酒が入っている。
 つまみは夏らしく冷や奴(しょうがと刻みネギつき、しょうゆタレ)である。

「…よきこと、というのは?」
 先程何となく謙信が今日七夕なのを思い出し、「今日は七夕なのに曇り空だなあ」と言ったのがきっかけだった。
「『くもり』だからといって、ひこぼしとおりひめがあえないわけではないでしょう?
『くもり』なのは、ちじょうからみたものですから」
「…なるほど」
 それもそうか、と謙信はその言葉にうなずいた。
 確かに曇りなのは地上から見た状態であって、その上の方は晴れているはずだ。
 したがって、地上が曇りだからといって星の国まで曇りなのはおかしい話である。
「…よく気がついたな」
「ふふふ、めずらしい。謙信がほめるなんて、あしたはあめでしょうかね」
 クスクスと笑いながら政虎はそれに、と続ける。
「『くもり』のほうがよいではありませんか。ふたりのおうせを、だれにもじゃまされることもなく、だれにもみられることなく、ゆっくりとすごせるのですから」
「…晴れると地上の人間は二人の逢瀬を見放題、ということか」
「わたくしならば、そんなのゆるしませんよ。そんなやじうまなど。だから『くもり』がいちばんつごうがよいのです」
「…新しい説だな」
「でしょう?」
「…けんしーん、政虎くーん!」
 そこへ、奥の部屋から謙信の姉・綾の声が聞こえてきた。
「そうめん、茹で上がったわよ〜。かすがちゃんと阿国ちゃんも手伝ってくれたのよ〜、早くきなさ〜い」
「おやおや…わたくしのうつくしきつるぎも、ですか。ごめいわくをかけていないでしょうね…」
 心配そうに政虎が立ち上がる。
「…では飯にするか」
 謙信も立ち上がり、二人は連れ立って食堂へ向かった。

 窓の外では、色とりどりの飾りがついた笹の葉が、七月の夜風に吹かれている。




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七夕談義・その1*

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