A

□触れてみたいよ
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(……どうする……?)
 色々考えてはみたが、寝起き
の頭では現状をどうにかする策
が思いつかない。
 仕方なく現状維持のまま様子
を見ることにした。
「……んぅ……」
 何の心配も無く、安心しきっ
た寝顔にいつもは厳しい視線も
緩む。
(……こうしていれば、普通の
年頃の娘なのだが)
 しみじみと謙信は思った。
 こうして黙っていれば、普通
の年頃のかわいらしい娘さんに
しか見えない。
 しかし、一度眼を覚ませば舞
傘を片手に、勧進にあちこちを
走り回る巫女になるのだ。
 一人旅となると、色々苦労も
あるだろう。
 しかし、阿国はそんな苦労を
全く他人に見せない。
『いろんなお人とお話できるし
……何より、いつでも謙信様に
会いに来れるし』
 そうニコニコ笑って、旅先で
見聞きした珍しい話を聞かせて
くれる。






 そっと、その頬に触れてみる。
 すべらかで、あたたかで、そ
れでいて……
 頬にふれた指が静かに顔の形
をたどり、あごにたどり着く。
「……」
 謙信は知らず目を細めやがて
瞳を閉じ、そっと顔を近づける。



「……オンベイシラマンダヤソ
ワカ」



 阿国の額と自分の額を重ね、
ささやく様な小さな声でかみ締
めるように祈りの言葉をはく。

「どうか……この者が安らかで
あるように」
 そろり、と指が阿国のあごか
ら離れる。



 それからごろりと寝返りをう
って彼女に背を向けた。







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