鋼鉄

□桜吹雪と木の下で
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吹き付ける桜が酷く綺麗だった。

幼い頃、その木の枝に登って絵を描こうと思い立って、大きなキャンバスを背負って登ろうとしたら酷く親に怒られた記憶がある。冷静に考えれば例え登れたとして、木の上にキャンバスを立て掛けるスペースもないのに、何故そんなことを思い立ったのか。

理由は今でも鮮明に覚えている。

そう言えば、私邸に拙いながら人を集めて剣の鍛練などし、時代の変遷に備えようとそんなことを朧気に考え始めたのもその頃だったか。

――“魯家の気違い”

噂され始めた時は上等だと思った。




【桜吹雪と木の下で】




「趙、雲…?」



目を開けるとあった男のどアップに思わず自分の現在の置かれている状況を忘れた。

――ええと、今日は午前中異民族鎮圧軍編成の件で公瑾殿と話して、その後一緒に昼食をご一緒して別れて、その後は…

朝から起こったことを順序立てて頭の中で整理する。

――…えーと、溜まってた執務室で溜まってた書類を片付けて、えっと…

「何寝ぼけてんの。さっさと起きないと襲うよ」
「!!」

しかし魯粛が状況を頭の中で整理し終わる前に、趙雲が口を開く。その(魯粛にとっては)物騒極まりない発言のお陰で魯粛の頭の中は一瞬にして身体ごと凍り付いた。

「い、いいい絶対嫌です!」
「なら、早く退きなよ」
「は、はい!…え?」

言われなくても!と心の中で叫んで、一瞬遅れて会話が何やらおかしいことに気付いた魯粛は、そこで初めて周りに目を向けて――そこが自分の私邸の中庭であり、気に入って植えた今満開の桜の木下で――尚且つ何故かは分からないが今現在趙雲に抱き抱えるようにして膝のうえに横抱きにされている状態に気付いた。

「は…、え、えええ?なんで…っ」

なんで招いてもない趙雲が此所にいるのか。(恐らくは忍び込んだのだろうが)というより何故抱き抱えられているのか。そもそもなんで自分は私邸にいるのか、そこからさっぱり分からない。

全ての疑問をぶつけるように無意識のうちに答えを求めて趙雲を見上げれば、もともと寄せられていた眉間の皺がが更に深まり、心底呆れたように溜め息を零された。

「アンタ、木から落ちた時に頭でも打ったわけ…?いい加減膝痛いんだけど退いてくれない?」
「落ち…」

そこでようやく魯粛の中で不可解で不透明だった事実が音を立てて繋がった。

――執務が終わって私邸に帰ったのが予想以上に早い時間で、連日の寝不足も祟って昼寝でもしようと

この桜の木は枝が太くて如何にも登りやすそうで、――自分に子供なんかがいれば、とても喜んだのだろう。そういえば子供の頃は木登りなんかよくしたなぁ、なんて思っているうちにふと童心に帰ってみたくなって、そのまま木の上で寝たのだ。

そして、そこから導き出される現在の状況と言えば、

「す、すみません…!」

寝ぼけて落ちた、に決まっている。

しかも情けないことに“あの”趙雲に落ちた瞬間を目撃され尚且つ助けられたのだ。恥ずかしさと悔しさと申し訳なさでいっぱいになって、慌てて趙雲の膝の上から飛び退けば、しかしその瞬間手首を掴まれ、身体を引き寄せられた。

再び一気に至近距離に近付いた趙雲の端整な顔に思わず心拍数が跳ね上がる。ひらひらとまるでその造形を飾り立てるように桜の花びらが吹き付けて、一瞬思わず状況も忘れて見とれる。

「お礼は?」
「……はい?」
「僕、わざわざ痛い思いまでして助けてあげたんだけど。お 礼 は ?」

しかし直後にその口から放たれた言葉に全神経が音を立てて凍り付いた。

「…………あ、ありがとう、ございます…?」

で、済む筈もない。
既に趙雲の顔にはいつもの見慣れたあのサディスティック全開な笑みが浮かんでいる。

木登りしようなんて柄にもなく子供染みた行動を取った寝入る前の自分を魯粛は激しく呪った。




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